vista
□vista?
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朝霧が立ち込める平原に青い一軍が歩を進めていた。
深夜に彼らの軍に入った情報の真偽を確かめるために彼らは情報元へと歩き続けていた。
「牙雲(ガウン)少佐ぁ、まだですかぁ?」
先頭を歩く銀髪に彼は言った。霧の中でも目を引く赤髪は長身を丸めダラダラと歩いていた。
だが、誰もそれを戒めない。
なぜなら、銀髪の後方全てがそれと同じく疲労困憊していたからだ。
「…霧のせいだ」
牙雲と呼ばれた銀髪が答えた。
いつもの鋭い眼光は無い。
「…少佐。もう歩き出して3時間くらいなんですけど。もしかして――」
「総員待機!!紅葉(クレハ)。全員に周囲の警戒を促せ!」
冗談を遮り牙雲の号令が響いた。
紅葉と呼ばれた赤髪がすぐに隊の中に駆けて行った。
牙雲は身を屈め、周囲の気配を探る。微風が霧を吹き流し、わずかに視界が広がり始める。
「……!!」
霧の先に黒い影が見えた。ハルバードを構え、目を凝らす。どうやら相手は二人。
この人数さならばすぐに攻撃せずともいいだろう。
「少佐…」
「大丈夫だ」
戻って来た紅葉が迎撃しようとするのを静止させる。前方の相手が姿を現した。
黒いマントが足まで覆い、覗いた肌は白く整いすぎた美しい顔に恐怖すら感じる。
戦場にいるには異質な金髪の男は殺気立つ彼らに臆する風もなくこう言った。
「これはこれは。皆様御機嫌よう」
シルクハットを脱ぎ、恭しく礼をした相手に全隊員が目を丸くした。
「人間…。反乱軍っスか?」
「待て。まだいる」
男に続いて現れたのは、向日葵色のくせ髪と翡翠の瞳を持った青年。
その手には背丈ほどの長い杖を携え、ネクタイのように結ばれたマントを羽織った深緑の魔法使いといった姿だ。
「ここで何をしている?」
攻撃の意を示さない彼らに不信は膨らむ。
「ふん。貴様らには関係ないだろ。そのまま平伏しているがいい」
「んだと!」
垂れた目で見下す彼には彼らの戦闘体制がそう見えたらしい。
「ジャック君。止めなさい」
「紅葉、止めろ」
同時に静止にかかる。
「すみません。彼はどうにも短気でして。ところで一つお尋ねしたいのですがこの世界で一番偉い方はどなたでしょうか?」
「何が目的だ」
少佐が間合いをわずかに詰める。
「私どものサーカスへと皆様をご案内したいと思いましてね」
美しい笑顔と言葉の端々に恐怖を感じた牙雲がハルバードを構え直すのを合図に紅葉たちも武器を構える。
「悪いが貴様ら人間には会わせない。即刻立ち去らなければ…」
「じゃあ俺ならいいのか?」
「――!!?」
ハルバードの柄を掴んでいたのは獣の椀だった。
腕の主は長身の紅葉をも越える狼だった。
「少佐!!」
紅葉が狼に殴りかかる。
鉤爪の先が狼を捕らえることはなかった。
強靱な脚力で狼は男の背後まで跳び下がる。
「水砕波!!」
束縛を解かれた牙雲の右手に魔力が集まり、水を形成。
激流となって男達へと放たれた。後方の軍勢もそれを合図に走り出す。
だが、それだけだった。
水も鉤爪も彼らにはどれ一つ届かなかった。
「僕に魔法で挑むなんて。低脳もいいとこだ」
隊員の足は氷によって地につなぎ止められていた。
牙雲の出した水は勢いを無くし、空を球になって漂っていた。
「く、くそっ!!溶けろよ」
紅葉が足に魔力を送るが氷はとけることはなかった。鉤爪で殴っても功をなさなかった。
「…貴様らは一体…?」
黒い闇が牙雲へと近付く。
「少佐!!」
男へと放つ紅葉の紅蓮は青年の杖の一振りで消滅した。
白い手袋が凍り付いたハルバードを辿り、牙雲の凍り付いた手に重なる。
「我々はただ皆様に歓喜と驚喜を与える者です」
片手をあげる動作を合図に青年の杖が風を纏い、膨らむ。
朝霧と男の絹糸の髪を流していく。
「サーカス団『vista』」
視界の拓けた先に隊員が目にしたのは朝日を背にした平原に聳えた巨大な赤のテント。
目を見開く彼らに男は礼をした。
「以後お見知り置きを…」