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□vistaU
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暖かな日差しの中をまだ冬の冷たさを保った風が吹き抜けて行く。
忙しなく人が行き交う大通り。
隣接した商店の中に一軒の茶屋があった。
朱色の煤けた暖簾を潜り、客が出入りして行く。
その度に店主の威勢のいい声が通りにまで聞こえる。
「お麻ちゃーん。こっちだんご追加ー」
「こっちも」
「はーい。今行きまーす」
返事をしたのは紅梅色の着物の袖を紐でまとめ、手ぬぐいを頭に巻いた威勢のいい女だった。
奥の厨房に入ったと思うとすぐに皿に団子を盛って戻ってくる。
「はい。おまちどうさま。…あー!すみません。そこだめです!」
皿を置くと新しく入って来た客がある席についているのに気付いた。
「すみません。こちらにどうぞ」
「なんだ?予約席か?」
新しい席についた客が怪訝に訊くと周りの客が笑って言った。
「あの席はよ、居候の席だ」
「居候?」
「そうよぉ。毎日あの席で茶を飲むもんだから『あそこは某の席だぁ!』ってうるさいの」
客にお茶を持って来た彼女は皮肉って笑った。
「あ、茶頼んでねぇぞ」
「いいのいいの。席変わってもらったお礼です」
笑顔でそう言うとすぐに他の客の団子を厨房に取りに行く。
その時、暖簾が揺れた。
入ってきたのはほつれや汚れが目立つ鶯色の着物を来た男だった。
ボサボサの髪を高い位置でまとめ、無精髭が生えていた。
お世辞にも綺麗とは言えない姿の中で、腰にさした刀だけが綺麗に磨かれていた。
「噂をすりゃあ影だな。あいつだよ…」
客が小さな声で他の客に教えてやった。
彼は客の視線を無視し、奥の席に腰を下ろした。
「いらっしゃい。あら清近衛、仕事は?」
麻は相手が誰かわかると怪訝に訪ねた。
「辞めてきた」
「えー!」
キッパリと言い切った彼を信じられない顔でみたのは彼女と常連たちも同時だった。
「昨日の今日でなんでまた…」
「某は武士として士官したのだ。それなのに役所の者は玉弾きで数を数えて帳面に付けろと言ってきた」
「そりゃあそうでしょ?お役所ですもの」
「違うであろうが!?」
声を荒げて机を叩いた。
その震動で隣りの客の茶が僅かに揺れた。
「ちょっと清兵…」
「武士とは戦う者だ!弱気を助け悪を挫く。それが真の姿だ!某の様な侍がなぜ玉弾きなぞやる必要がある!?」
「今は平和だもの。戦もないし良いことじゃない」
「ふん…」
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