vista

□vistaT
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より子の横では他の観客同様、目を輝かせながら歓声を上げている友人、久美の姿があった。
「も…もう、いや。早く、出たい」
やっと絞り出したか細い声は、観客の歓声にかき消され、久美に届くことはなかった。
何故自分はこんなにも大嫌いな場所にいるのだろう、という自問自答は繰り返される。



『もう一生、カラオケ連れてってやんない。』

――確かこの一言だった。より子がここへ来た理由は。
くだらない、と言われてもしょうがないと思う。だが、より子には物凄く重大な事なのである。
小さな頃から激しく人見知りをしてしまうより子は、店員と話す事すら苦痛なのである。
久美がいなければカラオケに行く事は出来ない。
カラオケに行かないという考えも、一度は思い付きはしたものの、歌う事が最大の生き甲斐となっているより子には、到底無理な事だった。
こうした考えを知った上で、久美がこんなことを言ったのもわかっていた。
だが、カラオケを、
歌う事を、より子は選んだ。
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