vista

□vista?
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鈴のような音を響かせ、漆黒の闇と深緑の魔法使いが歩く。
不機嫌そうな魔法使いに黒を纏った男が訊いた。
「大丈夫かい?ジャック君」
「大丈夫?は、よく訊けますね。何なんですかあの野蛮極まりない下等生物は!あれが高貴なる純血貴族?僕にはとても見えませんけど!」
「彼らには彼らなりの世界があるんだよ。悪く言うものじゃないよ」
苛立つジャックを優しくいさめながら彼、団長は笑った。
「…どこぞのアホなトカゲ女より質が悪い」
「誰がアホなトカゲ女ですって?」
いつの間にか二人は円形の広間に出ていた。
二人が所属するサーカス団『vista』の団員が各々好きな場所へと腰を下ろしていた。
不機嫌に迎えたのは赤い髪の女だった。
「やぁロマンダ君。皆も無事でよかった」
不穏を感じ、二人の間に割って入った団長を無視し口論は続いた。
「言ってみなさい。誰がアホなトカゲ女なのかしら?」
「貴様しかいないだろう。それともなにか?貴様は自分がトカゲという事も分からない程、脳味噌が小さいのか?一から教えてやる。アホでトカゲといったら貴様のことだ」
「二人とも私を挟んでケンカするのはやめなさい」
ロマンダが団長の胸の先のジャックへと向けて睨み額を預けてきた。
薄っすらと口内が明るくなり熱が伝わり始める。
背後のジャックも杖を団長の背へと添えた。
そんな彼らを団長は笑った。
「さぁ先にケンカを止める賢い子は誰かな?」
「…子供扱いしないでくれるかしら」
「……ふん」
「ありがとう。ここはvistaのように物を壊すと雑用の罰ではすまないのでね」
バツが悪そうにそっぽを向いた二人に笑みを送り、部屋の中心部に歩み、団員の顔を一人一人確認していく。
長い杖を携え、濃緑のマントを羽織った魔法使い、ジャック。
褐色の肌を見せ付ける美しきサラマンダー、ロマンダ。
元気な赤鬼の子、キコ。
煌く白銀の鱗を持つ少年、ジャコ。
その真ん中に舞うのは妖精の少女、ピオ。
腰に刀を差し、着物姿の侍、清兵衛。
2メートルは優に超える巨大な狼男、ガザリ。
そして、人間の姿をした亡霊のピアニストと怯えた歌姫、サムとより子。
団長を合わせ計10名。
朗々たる声で彼らへと団長は語りかけた。
「皆、話はつけて来たよ。ただ、これから皆には顔見せとしてこの世界――いや、この屋敷の主人と会ってもらいたい」
「え、あの……屋敷の主人、って…団長。ここは…」
おずおずとより子が訊ねる。
「ああ、、そうだったね。まだ説明していなかった。詳しくは歩きながら話そう。時間がないからね。でも大丈夫だよ、より子君。そんなに緊張しないで」
「あ、…はい…」
「ピオ早く遊びたーい!」
「オイラもー!」
「オレも!オレも!」
「お前らハシャぎ過ぎて色々壊すんじゃねぇぞ。あと、俺に迷惑かけんじゃねぇぞ」
「そうよ。前みたいに迷子にならないようにね」
楽しそうに騒ぐ元気な子供組を親のように注意するガザリとロマンダに団長は小さく笑みを浮かべた。
「だってさ、せーべー」
「そ、某が迷子になるわけが無いだろうが!」
「あー、はいはい」
ジャコが清兵衛をからかい長い舌を出した。
「じゃあ、とりあえず皆付いて来てもらえるかな?」
歩き出した団長の後に団員が続いた。
「この世界はね。今までの世界とは少し違うんだ」
「は!だから俺まで借り出されてんだ」
「アンタはいつもサボってるんだからいいじゃない」
軽口に笑みを浮かべながら、一団は歩を進めていく。
長い長い廊下はキラキラと七色に水面の如く瞬いていた。
窓の外では闇の中に蝋燭が浮いている。
「この世界は確かにひとつの世界であるのだけれど、様々な国があるわけでも、様々な種族がいるわけでもない。簡単に言えば、ひとつの世界という名のひとつの家なんだ」
「…家、…ですか?」
「そのとおりだよ」
サムの腕にしがみついて歩くより子に団長は頷いた。
ちゃんと話を聞いているのはこの二人だけで後は、あくびをしたり、はしゃいでいたり、それを注意したり、からかわれていたりで騒がしさが背を押してきた。
「ひとつの家。名をぐらぐら館と言ってね。とある王様の直系なんだ。だから機嫌を損ねないよう気をつけてね。特にジャック君」
「また名指しですか」
「ここではすべての秩序は彼ら。こっちの常識などことごとく破かれ、潰され、塵とされ、棄てられる。厄介極まりない世界であり、極上の愛が溢れる世界。それがこの家さ。絶対に気を許してはいけないよ。とくに…」
すべてを喰らうあのキョウキには…。
すっかり静かになってしまった背後の団員へ彼は明るく振り返った。
「ああ、でも普通にしていれば皆ちょっと個性的なだけの良い人達だよ。だから………て、あれ?」
振り返った先には歩んできた長い廊下だけがあった。
仲間を探し視線を彷徨わせれば、げふ、と遠くで扉や窓や空間の切れ目がげっぷをしたのが目に入った。
「あぁ。…まぁ彼らなら大丈夫だろう」
空間の切れ目に消えた彼らを見送り、彼は再び歩き出した。
契約は結んだ。
彼らが住人たちの食事に出されることも、虐殺されることも無いだろう。
紛いなりにも『vista』の団員たちだ。
襲われたとしても自分の身は守れるはずだ。
一組を除いて。
漆黒の闇は足を速める。
短気な王の機嫌を損ねたら、それこそ実に面倒だ。
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