◆突発◆
□突発
24ページ/39ページ
オレは野良猫だ。
気付いたらこの辺りをうろついていたから、たぶん生まれた時から野良なんだろう。
この界隈に猫は少ないらしく、縄張り争いなんて言うのにも縁がない。日がな1日、領域内をぶらつくような、そんなのんびりした日々を送っている。
そんなオレの最近の楽しみは『金』に会いに行く亊。
月に照らされてキラキラと光って見えたその『金』が、最近のオレのお気に入りだ。
『Cat』
その夜も、オレは『金』の元を目指した。
ちらりと部屋を覗いたが姿が見えない。階下から声が聞こえて見下ろせば、『金』はそこに居た。なぜか黒いのと一緒にいたけれど。
オレは一目散に駆け下りると、『金』のその小さな背に圧し掛かった。
すると目の前に居る黒いのが、驚いた様な、そして訝る様な視線を向けてきた。なんだか失礼なヤツだ。
「……お前の、猫か?」
「オレのって言うか、最近良く来るんだってばよ」
言いながら『金』がオレの頭を撫でる。
『金』の手は小さくて柔らかくて、撫でる仕草も優しくて、とても気持ちいい。
だから、撫でてくれた事で、黒い失礼なヤツと一緒にいた事はチャラにしてやろう。…って、偉そうな言い方だな。
しかもオレ、『金』に対して独占欲持ってる?
でも黒いのより先に、オレが『金』と出会ってるはずだから(今まで見たこと無いし)、オレの方が『金』の側に居て良いのは当然、だと思う。
「ち、違うってばよ!」
いきなり『金』がそう言って立ち上がった。
気持ちよくてつい気を抜いていたオレは、振り落とされる。もちろん着地に失敗するようなへまはやらないけど。
でも面白くない。
オレの考えが『金』にも分かったわけでも無いだろうけど、まるでそれを否定するためかと思うような絶妙のタイミングだった。
おまけに『金』はオレになんて見向きもしないで何事かを必死に黒いのに訴えている。
オレのお気に入りのその手で黒いのに触れて。
オレが此処に居るのに、黒いのの手を引いて歩き出す。
オレが、此処に居るのに!
本当に、面白くない。
歩きながら黒いのが振り返ったけれど、嫌味のようで、それもまた面白くなかった。
だって『金』は振り返らなかった。
だからオレも追わなかった。しばらくは会いにも来るまいと思った。悔しいから。
その気持ちが長続きはしないと、自分自身よく分かっていたけれど。
次に、会いに言った時は『金』は一人だった。
月明かりにキラキラと金糸の髪を煌めかせて、ベランダに一人で立っていた。
今日は良さそうだ、と思ってすぐに『金』に近付いた。
数日ぶりというだけなのに浮かれてしまう自分を恥ずかしく思いながらも、それでも嬉しい気持ちのほうが勝ってしまう。
しかし『金』は落ち込んでいるのか、暗い顔をしていた。
《どうした?大丈夫か?》
言っても通じないから擦り寄って慰めると、『金』は少しだけ表情を明るくしてくれた。
「こんばんは」
《こんばんは》
もちろん『金』の耳には猫の鳴き声にしか聞こえないだろうけど、オレはちゃんと答える。
すると『金』がオレの頭を撫でる。
背中、首、腹だって、お前になら撫でさせてやっても良い。オレだって気持ちいいし。
『金』は撫でながらオレの前に跪いた。
これはつまり膝に乗って良いという合図?まぁ、そうでなくても勝手に乗ってやるけど。
すると『金』がオレをギュッと抱き締めた。
ビックリしたけど、嫌じゃなかったからオレは動かなかった。以前も寝る時にくっつく事はあったけど、こんな風に腕ですっぽり包まれるのは初めてだ。
やっぱり落ち込んでるから?
「今日もカカシ先生に怒られたってばよ」
ぽつりと『金』が呟いた。か細い、弱々しい声で、泣くんじゃないかと心配になるような声。
覗き込めば、泣いてはいなかったけど、やっぱりつらそうな顔をしてた。
「またオレってば失敗しちゃったし」
失敗なんて誰でもでしょーよ。
「三代目のじーちゃんも、受付にいたイルカ先生も怒ってた。オレってばカカシ先生に頭下げさせちゃったし…」
下げさせとけば良いよ。お前はお前なりに頑張ったんでしょ?失敗を反省したなら次に生かせばいいじゃない。
それじゃ駄目なの?
「嫌われたかなぁ」
泣くなよ、と『金』の鼻の頭を舐めてやったのと同時に、『金』が小さく呟いた。
嫌われたって、誰に?
それが嫌なのか?
それが悲しいのか?
「慰めてくれてんのか?」
オレはお前を嫌わない、それじゃ駄目?
そう思ってもう一度『金』の鼻の頭を舐めるけれど、オレの気持ちは伝わるわけもなくて。
「どうしたら良いのかなぁ…」
《オレが好きだよ!!》
言って、自分の言葉に驚いた。
何を言っているんだ、オレは。そんな事を言って何になる。
オレは猫で、ただ、オレを撫でるその手が好きで。
月に煌めくその金を眺めるのが好きで。
それだけ、のはず。
なのに、今言った『好き』はまるで…
動揺するオレを抱く『金』の腕の力がちょっと強くなった。苦しくはなかったけど、体勢がちょっと変だったから身じろいだ。
放して欲しかったわけでも無いけど、『金』をオレを逃がさぬようにとでも言うように強く抱いた。
表情を窺えば、苦しそうな笑みを浮かべていて。
「カカシ先生が、オレを好きになってくれれば良いのに…」
一筋、涙が零れた。
『金』の頬を伝う涙が月明かりを反射して光る。
…──そんなに『カカシ』が好き?
涙が、『金』の頬から落ちて、オレの顔を濡らす。
『金』が、オレを好きになれば良いのに……──
++++++++++
08.08.24