◆突発◆
□突発
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「あの子を返して！！」
見知らぬ女の人が泣きながらオレに向かって叫んでいた。
もちろんオレは身に覚えなんてある筈も無かったけれど、その人の悲痛な叫びを無視することも出来なくて。
例えその人の拳が、自分に振り下ろされても、
オレは動けなかった。
気が付いたら、目の前にはまた別の知らない男の人がいた。
目蓋が腫れていたからあんまり顔は良く見えなかったけど、おじさんというよりはお兄さんなのかな、とぼんやりと思った。
「だぁれ？」
どうせ答えてはくれないと思ったけれど、試しに聞いてみた。
いつも聞いたって答えてくれない。
睨まれる。
無視される。
罵倒される。
だから、無駄だって諦めてるんだけど。
今日は偶々気が向いた。
というか、沢山殴られて、頭がぼ〜っとして何にも考えてなかっただけかもしれない。
別に答えてくれなくても良かった。
興味があったわけじゃないし。
誰かなんて分かったところで、どうしようもないんだし。
思ったとおり、その人は何も答えない。
だけどオレに近づいてきた。
また殴られるのかな、と身構える。と言っても、身体なんてほとんど動かないから、心構え…って言う方が正しいかもしれない。
痛いのは慣れてる。
だけど、慣れてても、痛い。
慣れてるから、怖いとは思わない。
だけど、痛いから…
「痛い？」
やっぱり若いんだ、と声を聞いて思う。
「答えなよ。口、きけないの？」
オレに言ってるんだ、と不思議なものを見る気持ちだった。だってオレに声をかける人間なんてそうそういない。
珍しい人もいるんだなって思った。
顔を見てみたくなって必死に目蓋を開こうとするけど、やっぱり腫れてて難しい。だけど、微かに光を反射する髪が見えた。
銀色の、光だ。
「キラ、キラ」
綺麗だなって思う。月とか星空とか、そんな感じに綺麗さ。
「俺の髪？お前の髪だってキラキラでしょ？」
「……おれ？」
そんな事言われたこと無いよ。
会話しないから、なのかな。
オレの髪も、キラキラしてるのかな？だったら嬉しいな。
「きらきら？」
「そう、キラキラ。俺より綺麗だよ、お日様色」
「おひさま」
誰かとこんなに会話するのなんて初めてだ。
良いのかな？
何でなのかな？
何で、オレと話してくれるんだろう？
「傷、痛い？」
そっと目蓋に触れられて、痛みで体が反射的にビクつく。
頬を撫でられても、擦り傷でもあるのかヒリヒリと痛む。
「いたい」
気付いたら素直に答えてた。
折角会話してくれるんだもん。聞かれたらちゃんと答えようと思った。
出来ることなら、少しでも長く話していたかった。
だって、こんな事初めてなのに。
「痛いの痛いの飛んでいけ〜♪」
突然、リズムをつけたように彼が言う。
「なぁに？それ」
「おまじない。痛いのが早く治るように」
「おまじない？」
初めて聞く言葉だった。
オレってば誰とも話さない。
字も読めない。だから本も同じ。
知らない言葉はたぶん、オレが思ってるよりずっと多いだろう。
「おまじないって知らないのか。ん〜、こうなれば良いなって思いながら、その為に何かする事……かな」
「いたいの、いたいの、とんでいけ〜？」
「そうそう、上手だね」
その人がそう言ってオレの頭を撫でた。
それも、おまじない？頭を撫でると良い事あるのかな？
なんだか嬉しいのは、会話が続くから？
それとも撫でられたから？
頭を撫でるのって、オレが嬉しくなるおまじない？
だったら、おまじないってすごいな。
そうなれば良いって思ってやれば、そうなるんでしょ？
「あの、ね」
そのおまじないで、助けてあげて。
「さっき、女の人が泣いてたってばよ。その人にも、おまじないしてあげて欲しいってば」
あんなに辛そうに泣いてたから、助けられるなら助けてあげて欲しい。
笑ってるほうが、良いに決まってる。
オレだって、いつの間にか痛みが引いてきた気がするってば。やっぱりおまじないってすごいんだってばよ。
だったらきっと、あの人も助けられる、よね？
「ね、あの人に…」
そう言いかけたところで、急に抱き上げられた。そのままぎゅっと、その人の胸に抱きこまれる。
傷が擦れて痛かったけど、それよりも驚きの方が強かった。
だってこんな事されたの初めてだし。
何より、腕の中がこんなにも暖かいなんて、知らなかった。
自分で肩を抱いたって寒いのに。他人の腕だと、こんなにも暖かいなんてすごく不思議だ。
「どう、したんだってば？」
強く抱き締める腕が苦しくて、痛くて、辛いはずなのに、なんだか嬉しい気がする。オレってば変なの。
痛いのは、好きじゃないはずなのに。
苦しいのも、嫌なのに、これは何で平気なのかな？
「これもおまじない。お前が幸せになれるように…」
幸せ、だよ。
今、すごく、幸せだと思うよ。
誰かに分けてあげたいくらい、この腕の中は幸せだってばよ？
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08.10.27