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□こんな感情、如何
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鍛錬場の中心。そこにあいつはいた。そこに群がる兵たちで姿は全く見えない。存在を確認できるだけだ。

俺はというと、あいつ――甘寧が、鍛錬が終わったら手合わせしようと言うから、仕方なく来て隅で待ってやってる訳だ。そう、仕方なく。来なかったら来なかったで無理矢理連行されるに決まっているのだから、それよりだったら自分から赴いた方がいい。

……まあ、あいつと手合わせすれば俺も力がつくし満更でもないんだけど。

「……ってか、あいつ何やってんの」

見るに鍛錬は既に終わっている。何やら呑気に兵たちと雑談しているらしい。

「おい甘寧!」
「あ? おう、今行く」

そう言ったが、甘寧は抜けて来なかった。未だ兵たちと話していた。世間話とか、女の話とか、喋っているのが聞こえる。どうでもいいけど。

「…………」

もしかして、忘れられている?

相変わらず賑やかに騒いでいる。あいつは部下の信頼が厚いし、誰とでも馴染みやすく話しやすい。おまけに女にももてる。それをどうこう言う訳ではないが。

「自分から誘ったくせに」

約束を忘れ破るのか。俺との約束はその程度だったのか。俺との約束より兵たちの方が大事なのか。

何か、無視されているような感じがして苛立った。

その日の夕方のことだ。城の廊下で甘寧とばったり会ってしまった。

あの時何も言わずに立ち去ったことで、微妙に気まずい。目が泳ぐ。別に俺は悪くないのに。悪いのは甘寧の方だ。

「お前何で来なかったんだよ」

いや行きましたけど、あんた兵たちと雑談してましたけどー。それこそ如何なもんなんですかね。

「俺ずっと待ってたんだぜ」

あっそう。俺もずっと待ってたけどね。

「おい、聞いてんのか?」

……人の気も知らずに。

「……聞いてるっつうの」

自分でも分かる程、皮肉のこもった声音になっているのが分かる。顔が引きつりそうだ。……ああヤバい。口が勝手に。

「行くのも行かないのも、俺の勝手じゃないのかい」
「……ぁあ?」

目の前の男の顔が歪んだ。言わない方がいいと分かっているのに。

「お前、誘ったらいいって言ってたじゃねえかよ」

言われてみればそうだ。だけど直ぐには納得出来なくて。自分は悪くないんだと、思い込んでいる。

「約束破ってんじゃねえよ」
「っ破ったのはそっちだろ!!」

気がつけば怒鳴っていた。
後で後悔するよ、いいのか凌公績?

「俺だってずっと待ってたんだよ!」

俺より部下と居た方が楽しいのかとか、そんな軽い存在だったのかとか、無駄に悩んでみたりして。

冷静に考えてみると俺はとんだ馬鹿野郎だ。一人でキレて叫んで、何をやっているのだろう。

「意味分かんねえっつうの」

それこそ何に対してなのか自分でも分からないけど。

「……そうかよ」

甘寧が、俺から離れて行ってしまった。視界から居なくなってしまった。いや、自分から離れたのだ。自分で傷付けたのだ。
何を?

「くそっ……何で泣い、ってんだよ俺」

目から涙が溢れる。矛盾した想い、矛盾した行動。全て俺がやったことなのに。やはり愛想をつかされたのか。俯くと床に水がぽたぽたと落ちた。止まらない。自業自得。

「泣くなよ」
「……甘、寧?」

誰かが、ぽんと俺の頭に手を優しく置いた。頭を上げると甘寧が先程とは違う、優しい顔で突っ立っていた。

多分俺の顔は、今相当大変なことになっているだろう。

「何が不満だ? 凌統」

何でそんなに優しく接してくれるのだろう。あんなに怒鳴ったのに。悪いのは俺で、あんたは悪くない。多分。
ますます涙腺が緩むでしょうが。
「……ごめん」

甘寧の胸に顔を埋める。この情けない顔を見られたくなくて。相手は目を丸くして驚いているに違いない。

「あんたの部下と俺、どっちが大事?」

更に驚いたようだった。まさかお前がそんなこと訊くなんてな、と呟く声が聞こえる。

「馬鹿野郎、お前に決まってんだろ凌統。……あー、それで怒ってんだな?」
「俺鍛錬場まで行ったけどあんた兵たちと話してるし。呼んでも返事だけで来ないし」
「……そりゃ俺が悪かった」

約束破ったとか言って悪かったな、と抱き締められた。匂いで安心した。

「今度からは気を付けなよ」
「おう」

今は堅く誓った。本当はどうなのか分からないけど。
涙はもう既に止まっているのに、俺は気がつかなかった。






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