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□いるのいないのどっちなの
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どうしてこのようなことになったのか、甘寧はよく覚えていなかった。余りにも今の現状が鮮烈すぎる。鮮烈すぎて原因など覚えてもいない。
「くっそ、大人しくしやがれっ……!」
今の甘寧の仕事。それは突如暴れ始めた凌統を抑えることだ。それを考えたら不意に数分前の出来事が頭をよぎった。
何となく鍛錬場を通り掛かってみたら、調練中凌統が暴れ始め兵たちでは手が付けられないという。風紀を乱す者、それが自分の情人なら尚更。そのままにしておく訳にはいかない。
それで、こうしているのだった。
「どうしちまったんだよ……っ」
何故調練中に凌統が暴れ始めたのかは分からない。ただ甘寧に出来るのは、凌統を抑えることのみだ。
少しでも気を抜いたら隙を狙って攻撃してくるに違いない。腕を押さえているにしても、直ぐ抜け出すだろう。今の凌統は、凶暴化している。
周りにいる兵たちは自分たちを凝視している。普段大人しいあの将がどうしたのだろう、と心配しているのだろう。
「ぅ、ぐっ!」
色々と考えを巡らせていたら、凌統に腹に蹴りを入れられた。そのまま間合いを取る。相当キツいが我慢して地に足を付けたままだ。
(まだ来んのかよっ)
それでも間髪を入れずに襲いかかってくる凌統。本当に彼は一体どうしてこんなことになったのか。
「ちっ……面倒臭え!」
次々と来る攻撃を避けた後、今度はこちらが凌統の腹に拳を埋める。すると呆気なく失神しふらりと倒れる前に彼の身体を支えると、周りにいる兵たちの存在を思い出し振り返った。
「このことは上に報告なしな。後々面倒臭えからよ。おし、解散!」
甘寧は気を失った凌統を肩に担ぐと未だ群がる兵たちの間をすり抜け、一先ず凌統の邸へと足を急がせた。
邸の使用人に訳を説明し、凌統を彼の部屋へ運び寝台へと寝かせた。先程の凶暴な面影はなく、静かに寝息をたてている。
「どうしたんだよ……?」
呟いてみても、答えは全く出ない。甘寧は不意に、先程の凌統の顔を思い出した。
自我はほぼなく、憎悪に満ちた目。まるであの時の、まだ命を狙われていたあの時の。また、凌操を討った直後の。
「俺の所為なのか? 凌統」
まだお前の中にある親父さんへの想いが、俺に対しての嫌悪がそうさせているのか?
「ん……」
眠っていた凌統の瞼がぴくりと震える。目を覚ましたようだ。
「よう、気分はどうだ?」
「……甘、寧……!」
薄く目を開き甘寧の姿を確認すると、今度は大きく見開き至極驚いた様子を見せた。
「どうし……、っ!」
どうしたのかと心配し凌統の頭に手を伸ばそうとしたが、それは遮られた。凌統によって。
……何故?
「あ……」
強く叩かれた手をさすりながら凌統を見ると、寝台から上体を起こした彼は自分のしたことに気付いたのか、申し訳なさそうに顔を歪める。それは今にも泣き出しそうな顔で。逆にこちらが悪いような気になってくる。
「……ごめん」
蚊の鳴くような声だ。俯くと完全に顔が見えなくなった。
こんな、暴れたり沈んだりする凌統は始めて見た。何故か……不安になる。例え自分の所為であっても。
「しっかりしろ。大丈夫だ」
何が大丈夫なのか分からない。だが今はこれしか言えない。無駄に余計なことを説いても、通じない。
ただ真っ直ぐにぶつけるだけでいい。
「迷惑掛けて、悪いね」
「俺は大丈夫だから、ぐだぐだ悩んでんなよ」
まだお前の中にぐらつく“お前”が居るとしても。
今はこれだけでいいんだ。
終