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□wait for sound of him
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※5スペシャルの凌統伝(+甘寧伝)沿いの捏造ありまくりですので注意




中心から同心円のように広がっていく波紋。それまで静を保っていた水面が乱れる。揺れと揺れが重なりあい、やがて大きな円となる。
それはまるで、今の彼の心境のように。


「凌統」
「……呂蒙殿」

涼やかな表情で――否、その中に激しい憤りを隠しながら長江の水面を見つめる凌統の拳には、胡桃ほどの大きさの小石が握られていた。呂蒙を一瞥すると、再びその石を江に投げ込む。それは見事に水面上を4、5回跳ね、対岸遠くへ姿を消した。

「そんな小石では曹操を倒せんぞ」
「分かってますよ」

呂蒙が近寄る。皆と離れた所で対岸を向いている凌統を宥めにきたのか。

(でも、此処から投げたらあいつは倒せるでしょう?)

凌統は後ろを振り返り、すぐ近くで部下たちを指揮している男を睨んだ。その男、甘寧はそれに気付く様子もなく、腰に付けた鈴をチリチリと鳴らしながら戦に必要な物資を運ばせている。それが余計に凌統を苛立たせた。

「新参者のくせに勝手に配置決めやがって……呂蒙殿も甘すぎなんですよ」
「仕方ない、あいつはああいう男だ。他人に動かされるのを嫌う」
「だからって“俺は奴らの本陣に突っ込む!”はないでしょう。暴走しすぎですって」
「まあ、落ち着け凌統」

右手の手の平をこちらにむけた呂蒙に制止される。彼は凌統とは反対、穏やかな表情で微笑んでいた。

「あいつは今の呉軍に必要なのだ。お父上を討たれ辛いだろうが、今は我慢してくれ」
「……」

納得いかないまま無言で浅く頷くと、呂蒙は去って行った。凌統は手の中の小石を見つめる。

(ちっ……これも、あいつの鈴みたいだな)

それがどうも気に入らなく、冷たくひんやりした小石を広大な長江に投げ込んだ。今度は水面上で跳ねず、ぼちゃんと大きな音を立てて水の中に沈んだ。



甘寧は凌統の父の仇だった。
今の君主孫権の父君、孫堅を討った黄祖討伐の際、黄祖軍で戦っていた甘寧の強靭の前に倒れたのだ。君主の仇討ちで自分の父を亡くす――凌統の心情には複雑なものが残った。

それだけでなく、彼の甘寧は呉軍に投降してきたのだ。“黄祖の野郎にはもう付いていけねえ”と。いくら手柄を立てても厚遇されることはなく、元江賊だからといって煙たがられていたとか。

(なんて虫のいい話だろうねえ……?)

しかし元々は呉に使えるつもりだったが、そこを黄祖に邪魔されたらしい。そこを考えても、父を討たれた凌統にとっては許し難かった。

幾度となく彼の命を狙おうとしたが、甘寧を推薦したのは軍の中核といってもいい呂蒙……。更に大都督である周瑜も賛成していたのだから、それが認められる筈もなく、仇討ちをしようとする度に周りに止められた。

(くそっ……孫権様は仇討ちをされたのに、何故俺にはそれが出来ないんだ)

甘寧が投降してきた日から何度も自問した。答えは簡単だった。
甘寧が今の呉軍に必要不可欠だからだ。武術においては恐らく、呉軍の一二を争うといってもいいだろう。それ程、彼の強さを皆認めていた。凌統も、不本意ながら甘寧の方が勝ることは分かっている。

また、先代の孫策が亡くなってから暫く呉軍が忘れていた活気――それを彼は取り戻した。多少問題を起こすことはあれど、周りの将や配下の兵に慕われている。

どちらも、凌統にとって気に入らない要素でしかない。
例えそれが、“嫉妬”と呼ばれる感情であっても。

暫く対岸の魏軍を睨んでいた凌統は、視線を甘寧に移す。丁度作業が終わったようだった。

(――あ)

偶然にも、彼と目が合ってしまった。気まずい空気が二人の間に流れる。甘寧はポリポリと派手な金の頭を掻くと、凌統のいる岸に近寄ってきた。

(最悪だよ、もう)


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