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□淡く
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「あんたって本当、無責任な男だねえ」

春の建業は暖かいを通り越して些か暑い。三国の中で南に位置する呉の国は、一年を通して比較的暖かい場所だ。冬があけたと思ったらまた直ぐに長い夏がやってくる。城外の周りには新しい芽を出した植物や、はらはらと吹雪を散らす桜の木が立っていた。

「俺の家財やら褒美やらは、うちの奴らに分けてやってくれ」

その中に、俺たち二人は立っていた。甘寧の背には手軽な荷物が背負われている。



『甘寧は、此処を出て行くそうだ』

呂蒙殿はそう言っていた。








俺は笑えていただろうか。泣いていなかったか。

勝手に俺の父親を殺して、勝手に孫呉に下って、勝手に暴れて突っ込んで怪我して。(その度に俺は奴の尻拭いをさせられた)勝手に俺の心を引っ掻き回して、勝手に好きになって。

勝手に……愛し愛されて?

「じゃあな……楽しかったぜ」

何が楽しかったんだ? 孫呉の戦が、生活が、仲間と馬鹿やってるのが?

今だけでいいから、俺と過ごした時間が一番楽しかったと言ってくれ。俺だけの独りよがりじゃなかったと、証明してくれ。此処にあんたと生きたという証拠を。

「何て顔してんだよ」



とっくにもう背を向けて歩き出したと思っていたが、甘寧の屈強な身体は俺の近くに寄っていた。話し掛けられ弾かれたように、俯いていた顔を上げる。甘寧の顔が直ぐ傍にあった。

「これやるよ」

受け取ったのは常に奴の腰に携えられていた、鈴。持ち主とは正反対に、春の風に吹かれて可愛らしい音を発した。

「こんな汚いやつ、要らないっての」
「お前、淋しくて泣くだろ」

泣く? 俺が? 泣くのだろうか。きっと泣くんだろうな。

「男たぶらかして、浮気すんなよ」

「そっちこそ。女つくったらぶん殴る」

どちらからともなく、自然と口付ける。切なくて泣きそうだ。

「じゃあね」
「おう、またな!」

『また』

もう会わないのかもしれないのに、会えないのかもしれないのに、敢えてまた、と別れを告げる。さよならじゃない、あるのか分からない再会を願って。

今度こそ甘寧の身体は離れていった。俺の手の中の鈴が寂しげにチリン、と鳴る。俺は甘寧の大きな背中が見えなくなるまでその先を見つめていた。





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