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□wait for sound of him
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歩みを止めることなく、甘寧は岸辺に近付いてくる。凌統はそれが嫌で、思わず眉根に皺を寄せてしまった。

「酷え面してんな、お前」
「余計なお世話だよ。……つうかあんたのせいだろ」

甘寧は意味も分からず「はぁ?」という顔をしていた。

「何で俺のせいになるんだよ」
「さあな。それよりあんた、何か俺に用がある訳?」

相変わらずの苦い表情で甘寧を睨み付ける。先程まで働いていた兵たちは、既にぞろぞろと兵舎の方向へ向かっていて、周りには誰もいない。

「まあな」

片眉がぴくりと上がる。ただ目があってこちらに寄ってきただけかと思っていた凌統にしては些か予想外の答えだった。

「お前、いつも俺のこと見てるよな」
(は……?)

別に見てねえよ、と反論しかけるところだったが、言葉が詰まる。……的外れではなかったのだ。

「まだ親父のこと根に持ってんのかよ」
「そりゃあね。忘れられる筈がない」

忌々しげに吐き捨てる。ありったけの憎しみを込めて。

「あの頃は敵だったからだろ」

そう言われればそこまでだった。夏口ではお互いに敵対していた。凌操が甘寧に討たれたのは仕方なかったのだ。
しかし、そこまで割り切れる程凌統は乱世に馴染んでいない。

「だがもう俺たちは仲間だろ。昔のことなんか――」
「あんたに何が分かるんだよ!」

甘寧の言葉を聞いているのに耐えられず、途中で遮る。彼の言葉は正論で、惑わせるものとしかならない。

「戦場で……しかも君主の仇討ちの戦で、父を討った本人が降ってきて味方になったんだぜ! 殺したくても味方だから出来ない、孫権様はなされたのに……。父の無念を晴らしたくても出来ない親不孝な息子の、俺の気持ちがあんたに分かるのかよ!?」

全て言い終わってはっと我に返り、そして後悔する。つい頭に血が上ってかっとなり、らしくなく声を張り上げてしまった。

「……」

甘寧は口を歪めて微妙な顔をしていた。

(この場をどうやって取り繕う……)

暫くの間、二人の間に重い空気が流れる。両者一言も喋らない……否、甘寧は何やら言いたそうな顔をしていたが口には出さない。凌統は理不尽ながらも(な、何か言えよ)と内心思っていた。じゃないと場か持たない。

「お前な……」

想いが通じたのか、甘寧が口を開く。凌統は身を強張せる。
その時だ。

「おーい、お前たち! いつまでそこにいるつもりだ、まさかまた揉めているのではないな!?」
「おっさん」

遠く幕舎から呂蒙が叫んでいる。仲が悪い二人が向かいあって話をしているのを不審に思ったのだろうか。

甘寧の言葉を最後までは聞けなかったが、思わぬ呂蒙の助けで場の空気が些か和らいだ。凌統は甘寧の存在を気にしつつ、将たちの幕舎の方向へ足を急いだ。背後からは、鈴のちりちりという音と共に足音がした。




「気持ち悪い……」

出陣を翌日に控えたその日の夜。幕舎内で凌統は得体の知れぬもやもや感のせいでよく眠れずに、数刻の間寝台の上で横たわっていた。外からは静かに虫の鳴き声が聞こえる。それにつられ、彼は見張りの兵の目を欺いてふらりと幕舎から抜け出した。

今回の主戦場は江ということもあり、岸辺に腰を下ろすとさらさらと水の流れが感じられる。対岸の曹操の陣営では橙色の炎が揺らめいて、水面が微かに色付いている。

不意に空を仰ぐと金色の丸い月が浮かんでいた。

(なんか……あいつの鈴みたいだねえ)

思い出したら余計気分が悪くなってしまった。昼間のあれは失敗だったな、と再び後悔する。

(取り乱した姿は見せたくなかったのに)

しかし甘寧を前にすると、そうすることしか出来ない。父が殺された情景が蘇ってしまうのだ。

「……理由はそれだけ、かねえ?」
「――誰かいんのか?」

鈴の音と共に現れた影。互いに灯りとなるものは持っていなく頼りになるのは月光だけだったが、その声と鈴の音で甘寧だということが分かった。

彼も眠れなくて抜け出してきたのだろうか。

「お前、こんなところで何やってんだよ」
「別に……、あんたには関係ないだろ?」

明らかな不快感を顔に出してみる。しかし暗くてよく見えないので、それは無意味だった。甘寧が歩み寄って凌統の隣に座る。

(何でわざわざ俺の隣に……)

文句を言ってもまた喧嘩になるだけだと思い、凌統は視線を長江の水面に移した。そこには空にある美しい月が映っていた。

「……昼間」
「あ?」
「何て言おうとしてた」

甘寧に尋ねる。彼がこちらを向いた気がした。恐らく、何でそんなことを訊くんだと驚いているんだろう。

「さあ、忘れちまったな」
「嘘言うなよ」

とぼけてみせる甘寧にじれったさを感じる。訊く必要もなかったが、沈黙になるのは嫌だったので仕方なく尋ねたのだ。

「大したことじゃねえよ」
「……あっそ」

そして沈黙が訪れる。
内心、凌統は焦っていた。この静寂が、自分の全てを見透かしてしまいそうな気がして――。

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