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□冷気を凌ぐ
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日の出ている午前中とはいえ、冬場の廊下はかなり冷え込む。城内だから風は吹き込まないが冷たい空気が充満している。

一歩一歩その空気を切りながら進むのは億劫である。窓から時々見える雪はチラチラと降る程度で積もったりはしないが、その様子が寒いのを更に寒く感じさせた。

「うう……さぶ」

意図しなくても身体がガタガタと震えて、その原因である寒さを少しでも凌ぐため凌統は己の両腕を抱えるようにしてさすった。
背中を丸めてのそのそと歩いている様子は、後ろから見ればさぞ滑稽だろう。陸遜がこれを見れば「上着を着ればいいじゃないですか」と溜め息を吐きながら呆れるに違いない。

自然と俯きがちになる。従って視界に入るのも硬質な床だ。
だから、誰かにぶつかるまでその存在に気が付かなかった。

「うわっ」
「ぁあ? ……何だ、凌統か」

人にぶつかった衝撃を覚え俯いていた顔を上げると、派手に逆立てた金髪と真っ赤な鎧が目に入った。甘寧だ。

「お前、前見て歩けよ。危ねえだろうが」
「そっちこそ、何でこんなとこで立ち止まってんだよ。邪魔だっつうの」

俯いて歩いている理由を示すように相変わらずの寒さに身を縮こませながら、目の前で眉間に皺を寄せている男を胡乱な目で見てやる。ふと横を見ると、医務室の扉があった。

「人待ってるだけだ。関係ねえよ」
「あっそう」

あまりの寒さに凌統は何となく聞き流す。

「…そういやお前、午後空いてるか?」
「非番だから空いてるけど……何か用かい? 寒いから早く帰りたいんだけど」
「一戦、付き合ってくれねえか」

甘寧は唇の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。
彼と剣を交えるのは久しぶりである。お互いどれ程成長しているか試したい。思わぬ誘いに同じく笑みが浮かんだ。

「良いぜ。受けて立つよ」
「じゃ、昼飯食い終わったら鍛錬場来いよ。忘れずにな」
「そっちこそ忘れんなよ、バ甘寧」

普段通り軽口を叩きながらその場を後にする。甘寧は未だ廊下に突っ立ったままだが寒くないのだろうか。しかし今までも常に肩を出している彼のことだ、頑丈な身体では大した寒さも感じないのだろう。

そんなことよりも廊下よりもいくらか暖かい執務室に行きたくて、凌統は早足になった。





そして約束の時間。凌統は甘寧の言葉通り、鍛錬場に向かおうとしていた。午前に約束を交わした時と同じく、寒さに凍えながら。

(何でこんなに寒いんだ……火ぃ焚いてんのに)

三国の中では南に位置する呉。雪こそ積もるまで降らないにしても、肌に触れる空気は至極冷たい。

つま先や指先が悴んで上手く動かせないが、身体を動かせばすぐに温かくなるだろう。

「……ません、甘寧様」
「大したことねえよ、これくれえ」

指先に己の白い息を吐きかけながら歩みを進めていると、これから進もうとしている方向の曲がり角から声が聞こえてきた。

後から発した一方は聞き覚えのある声で……手合わせを約束している甘寧だ。先に聞こえた言葉からもそう受け取れる。

先に聞こえた柔らかい声音と物腰の声の主は恐らく城に仕える女官だろう。

凌統は歩みを止めて腕を組ながら壁にピタリと背中を付けた。
彼らの話し声が徐々に大きくなっていくことから、こちらに向かって歩いて来ていることが分かる。鍛錬場に行くには今凌統がいる場所から曲がらずにそのまま直進しなければならないから、甘寧はこちらに曲がらないで反対側に行くだろう。

凌統は良いことを思い付いた。

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