treasure novels
□ミリメートル
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よし!
飾り付けの終わったクリスマスツリーを見て、口元が緩んだ。
手狭な私の部屋にほんのり香る、甘い匂い。
きっと、康人くんは喜んでくれると思う。このツリーならきっと。
何度見たってツリーの表情が変わる訳ではないのに、私は幾度となく眺めてみる。
うん。上出来。
時計を見て、約束の時間がもうすぐであることに気付く。
どきどきと高鳴る胸をなんとか落ち着けようと深呼吸を繰り返した
「お邪魔します!」
にぱっと笑いながら康人くんが履きつぶしてぼろぼろのジャックパーセルを脱いで玄関にあがる。
見慣れない姿になんだか目がチカチカした。
「…どうしたの?沙絢」
「…えっ?あ、…ううん、なんでもないよ?」
慌てて答える私の声は少し裏返ってしまって、動揺してるのがまるわかり。
「ん?そう?」
それでも気を遣ってくれているのか、気付いていないだけなのか、康人くんは相変わらずかまぼこをひっくり返したような口元で笑ったまま。
「…おうちのひとは?」
「え…?仕事……」
不意に聞かれた事実は分かり切ったことだったのに、彼の口からいざ尋ねられるとなんだか凄く悪いことをしているようで急に恥ずかしくなる。
「…そっか。いないんだ…」
うん、と答える私の声は空気に溶けそうなくらい小さい。すぐ目の前にいる康人くんの顔を見上げることすら出来ない。息を思い切り吸い込んでも入り切らないほど、なんだか胸がいっぱいだ。
「へへへ」
康人くんのいたずらっぽい笑い声と一緒に身体はぎゅっと抱きすくめられた。
「じゃあ別にいっか」
ここでぎゅーってしても。
首の後ろで彼が嬉しそうに呟いた
声を出すことすら出来ないほど驚いて固まった身体は、彼の腕の中ですぐにおあつらえ向きに馴染んでいく。
そっと私も腕を背中に回して、力を込めた。