treasure novels U

□夜空に咲く花の下で
2ページ/3ページ



もう、日も落ちたと言うのに
昼間より少しだけ温度の下がった風が吹く程度で
夏の暑さはそれほど変わらない


私はあのカードを手にしたまま
迷うことなく指定の場所へと着いた


そして、携帯を手に街灯に寄りかかる
カードの送り主の背中に声をかけた



「裕ちゃん!」


「お、来たね。あの絵でここが分かったなんて、さっすが俺の彼女」



付き合ってから随分経つはずなのに
不意に告げられた"俺の彼女"という言葉に反応して
思わず胸が高鳴る



「だ、だって、裕ちゃんの絵がすごく上手いから。でも、急にこんな所に来るなんて、どうしたの?」


「んー、それはね。これ、」



目の前に差し出されたのは
私が手にしているカードと同じ
今ここから見えるこの風景


でも、今度は大きなキャンバスの中に
幻想的な空間が描かれていた



「裕ちゃん、これ……」


「沙絢は俺の絵を好きって言ってくれて、誕生日に絵筆をくれたでしょ?」


「……うん」


「俺、あの時、沙絢の誕生日はそれを使って、沙絢の絵を描こうって決めてたんだ」



そう、このキャンバスには
夜空に舞い上がる花火を背に
笑顔を向ける私が描かれていて



「……」


「あれ?どした?気に入らなかった?」



思わず俯いた私の頭に
裕ちゃんがふわりと手を乗せて
心配そうに覗き込む


気に入らないわけなんてない


裕ちゃんと誕生日を過ごせたことも


初めて二人でデートした
この場所を選んでくれたことも


私のプレゼントを大切にしていてくれたことも


裕ちゃんの想いの全てが
この絵から伝わってきた様な気がして


すごく、すごく、うれしくて
目の前に広がる夜景が滲んで見えた



「裕ちゃん、ありがとう」



グッと涙を堪えて
笑顔を作ったはずなのに
瞳から一筋の涙が零れる


その瞬間
私の身体はふわりと
裕ちゃんの匂いに包まれた



「もう!沙絢って本当にかわいい!」



そう言って
私の身体をギュッと抱きしめる



「裕ちゃん、痛いよ…」



裕ちゃんの素直な表現がうれしい反面
ほんの少し恥ずかしさがこみあげきて


それを隠そうと
身をよじって抵抗してみるものの


そんなことが通じるわけもない



「だーめ、離さないよー」


「もう、裕ちゃんてば…」


明るい声で
さらに強く抱き締められて


思わず力の抜けた私が
裕ちゃんを見上げると


同時に笑いあい
穏やかな空気が二人を包んだ



そして、



大きな音と共に
夏の空に色とりどりの花が咲き乱れた



「また今年も沙絢とここで見れたね」


「……うん。来年もまた、裕ちゃんと一緒に過ごせるといいな」


「なーに言ってんの。沙絢が嫌だって言っても、俺はずっと一緒にいるから、ね?」



その言葉と同時に
目の前が暗くなり
私の唇に温かいものが触れる



「10年後も20年後も沙絢を絶対に離したりしませんって、あの花火に誓ったからこれで大丈夫」



見上げた先にあるのは
すぐそこに上がっている花火にも
夏の太陽も負けない
裕ちゃんの笑顔


それにつられるように
私もあのキャンバスの中にいる自分に負けない程の笑顔を向けた


そして
どちらともなく指先が繋がり


夜空に舞い散る花の音を遠くに感じながら


もう一度二人の影が重なった


今度は長く、激しく、そっと




+END+
お礼→
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ