treasure novels

□ミリメートル
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「俺、こんなに美味しいクッキー初めて食べたと思う」


「それは大げさ!」


「えー?…あ、そっか。沙絢と一緒だから余計美味しく感じるのかもね」


「………!」


きゅうん、と胸の中心から鼻の頭までを電流が走り抜けた。


この人、これ計算で言ってるんじゃないんだよね…?


抱きしめたくて仕方なくて、じりっと膝をずらして気付かれないように康人くんに身体を近づける。


「あ!」


タイミングよく発せられた言葉に背中が飛び上がった。


「…クッキー、最後の一枚になっちゃった…」


見ればツリーは普段の飾りだけの姿に戻っていて。
少ししょんぼりした犬のような表情の康人くんはごめん、と呟いた


「俺、一人で食べちゃって…沙絢、ほとんど食べてないのに…」


「え、あ、いいよ!私は大丈夫だから、康人くん食べて?」


「でも、俺すごいいっぱい食べたし」


「だって、これ、康人くんのために焼いたんだもん」


「……でも……」


私とツリーのてっぺんにかかるハート型のクッキーを交互に見ながら、ごにょごにょと口ごもる康人くんがなんだかすごく愛おしい。


「ね?」


腕を伸ばしてそっと、星のすぐ下にかけられたクッキーを手に取ると康人くんの口元に運ぶ。


「あのね、これは一枚しかないから、康人くんが食べないと」


少しイタズラっぽく彼を覗き込むように見上げると、ようやくふっと笑みが戻った。


「…じゃあ、お言葉に甘えて」


私の手からそっとクッキーをくわえる。


「沙絢も一緒に食べよ?」


「え?」


驚く私の口元に運ばれる彼のくわえたままのハート。


まごつく私はそっと肩を抱かれ、もう逃げられない。


鼻先にバターの香りがして、
唇に甘味がかすった。


さく、さく、さく……。


両端から2人でゆっくりと少しずつ。


ますます近くなっていく、
2人の唇。


一口ずつ大きくなる康人くんの瞳


ほろほろと口の中でほどける香ばしさと、どきどきと高鳴る胸の音



ハートを食べ切ったあとのますます甘い時間までは、あともう数ミリメートル。





私はそっと、瞳を閉じた。







end




あとがきという名のお礼→

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