嘘つきピエロ

□再発とピエロ
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「ごほっ、げほげほっ!」

「ひなちゃん!?」
 

俺の前でひなちゃんはあの日みたいに激しく咳こんだ。




―――そして、俺の手からひなちゃんの手が落ちて行った。







**




数日前から体調が急に崩れ始めたひなちゃん。
 

今じゃあんまり起きなくなった発作や片頭痛、喘息もマネージャーになって数日たったあとから家で何度も起きて。
そのことを主治医の先生には言わなかったらしいけど、先生も薄々気づいてるっぽかった。
 
今朝も様子がおかしくて、このままじゃ倒れると思って学校やめさせようとしたけど…。
 

変なところで頑固なひなちゃんは無理を相当してたみたい。
いつもなら数時間で収まる喘息も今日は朝から夕方までずっと続いてるし。
 


それも、今すぐ吐血しような勢い。
 


絶対に病院に連れてかなきゃって思って、今日は無理やり部活休んで立海に来た。
相当ひどい状況だったから、これも早足でひなちゃんを学校から校門前のタクシーに連れて行こうと思ったけど…
 




あの日みたいに、またひなちゃんは嘘をついた。
 


全然大丈夫じゃないのに、「ダイジョウブ」って。







「先生っ!」
 
「雄二くん、早々の対処を取ってくれてあおおきに。……まずは座って」
 


看護婦さんに呼ばれて診察室に入った。
ひなちゃんは吐血して倒れた後、すぐタクシーに乗せて飛ばして私立病院まで行ってもらった。
 
そのあとすぐ診察されて、今は病室で落ち着いて眠ってる。
 

「先生、ひなちゃんはっ…!」
 
「落ち着き雄二くん。今からゆっくり話すさかい」
 

興奮してる俺を落ち着かせて、先生はゆっくり口を開いた。
 

「ひなちゃんは、今は安全な状態や。でも、以前から喘息や片頭痛、発作とか起こっとったやろ?先週診察に来た時も気付いとったんやけどな。
………ひなちゃん、最近運動してへん?」
 
「テニス部のマネージャーに…」
 
「やっぱりなあ…。運動は控えてほしいねんけど、ひなちゃんのことさかいやめんやろ。だけどな雄二くん、これだけはわかっといて。
…ひなちゃんにあのままマネージャーの仕事させとったら、持病が再発して大変なことになるで。
紫外線にあたらんようようやっとるけど、こんなもんじゃすまへんで。入院も考えなあかん」
 



……入……院…?




小さい時、いつのまにかひなちゃんがいないときが何度もあった。
でも、数週間したら元気に戻ってきて、また遊んでくれた。
 
それが入院だったなんて知ったのは、小学校に上がってからだけど。
 



「……じゃあ、ひなちゃんはどうしたら?」
 
「マネージャーを辞めるしか方法はあらへん」
 
「でもっ…!ひなちゃんとっても幸せそうなんです!」
 

マネージャーになりはじめてから、体調は崩れ気味だったけど、とっても生き生きしてきたひなちゃん。
こんな笑顔で楽しそうなひなちゃんを見るのは、ひさしぶりだった。
 

なのに、先生は俺からひなちゃんの笑顔を奪うんですか?


「ひなちゃんのためや。……でもな、最初に言った通りひなちゃんが素直にあきらめるわけがないやろ?
やったら、マネージャーを続けるかわりに、薬と通院を増やすしかない」
 
「ピアノは…」
 
「いつも通り続けてもろてかまへん。むしろ、こっちが続けてほしいわ。
プロになって、夢をかなえてほしい。せやから、邪魔する気は一切ない」
 
「…………」
 
「今日今週一杯は入院してもらうで。ひなちゃんのためや。
わいらも、……ひなちゃんの笑顔で癒されとんねん」
 
 


ひなちゃんの大好きなピアノ。
俺の大好きな、みんなの大好きなひなちゃんのピアノ演奏。
 

病院でのコンサートは、そこにいた人みんなが感動して泣いてくれていた。
そこにいた人みんながひなちゃんの笑顔に癒された。
そこにいた人みんなが、ひなちゃんが大好きだった。
 





今週は、俺も病院通いになるかもしれない。












―――――ダイジョウブ、ダイジョウブ。

 
嘘つきピエロが、小さく流した見えない涙。


 
 

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