氷輪
□刻舟
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「ハァ…小南、ここでちょっと待ってて」
ほとんど中継地を経ずにヒスイは神威で移動し、正庁裏の自邸の廊下に降り立った。
そこで手元に結界を張って視界を遮断したその内でいくつか印を結ぶ。
1拍遅れて、何もなかった廊下から扉が現れる。
ヒスイはその扉に手をつくと小南を手まねいた。
そして小南を自分と扉の間に挟むようにして扉を押す。
途端、扉はクルリと回転し、一瞬の後に2人は廊下の内側にいた。
「どんでん返しか。今時珍しいな」
「うーん、確かに珍しいかも」
ヒスイはそう言いながら印を結び、2人が来たときと同じ様に扉を隠してしまう。
その上でもうひとつ結界を内側に張った。
「ここには神威じゃ入ってこれないんだ。そして扉を顕現させる印は私しか知らない。さっき結界張っておいたから廊下の向こうから聞かれることもないよ」
自分が神威を使うからこそ、その術で入れない部屋をひとつ作った。
何かの時に保険になれば――
「で、話…の前に、辛いときは泣いて良いんだよ」
「私は大丈…」
「そりゃあ里民の前で泣いたら威厳も何もあったもんじゃないけど、ここには事情を知る私しかいないんだから。私もイタチが死んだときはさんざん泣いたなぁ」
想いを解放してよ、全部聞くから
たっぷり3呼吸ほどして、小南の瞳からつぅっと涙がこぼれ落ちる。
閉ざされた空間のなかで小南の悲痛な慟哭が響き渡った。