novel

□ぬくもり
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ところどころにへこみが見て取れる小さな鍋が、グツグツと音を立てている。
中にはコーンスープとは言い難いが、それに似たスープが入っている。
ネズミがかき混ぜているのを、傍らでぼうっとみつめる。
ネズミの緩慢な動作とスープが煮えるときに発する蒸気、それらが一緒になって周りの空気がぼんやりと温かくなる。
その光景を見ていて、頭の中にすうっと浮かび上がる日常があった。

「いつも食べてた、これ」

ふと紫苑がかすれて消え入りそうな声で呟いた。ネズミが目をスープから離さずに問う。

「…クロノスのご邸宅で?」
「ううん、きみを匿って以来だ」

皮肉めいて言った言葉はあっけなく素通りされてしまった。ネズミがくすっと優美に笑い、静かに語りかける。

「ふうん、思い出のスープってわけだ」
「まあね、今となっては思い出になっちゃったけど」
「やっぱりママの手作りじゃないとだめか?お坊ちゃん」
「お坊ちゃんっていうな」
「はいはい、殿下」


―――温かいな…


こんなやり取りをしているとそう思うことがある。こんなぬくもりを感じながら過ごせている自分が幸せ者だと感じる。

犯罪者として聖都市から脱走してきた紫苑だが、ネズミの援助のお陰でいま生きていられる。
たくさんの本や小ネズミ、イヌカシや力河さん、そしてネズミに支えられながらぼくは生きていられるんだ。

―――ありがとう。

感謝の気持ちから、顔がほころぶ。
それと同時に、睡魔が紫苑を襲った。


となりにいたネズミに寄り掛かってしまう。

「あ、ご…ごめん」
「眠いのか?横になってろ、スープできたら持ってくから」
「ありがとう…ネズミ」


時に紫苑を射るような辛辣な言の葉さえ口にするネズミだが、今日にいたってはこの有り様だ。
不信感を覚えつつもその言葉にあまえることにした。
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