VOC@LOID

□カゴ
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※暗い・死
 ヤンデレマスター。



ざく
ざく、


ああ。
落ち着く。

流れる赤と一緒に
この胸の痛みも流れちゃえばいいのにな。
キミ達に迷惑をかけずに逝くにはどうしたらいいかな。

わたしは、
まだカゴのなか。



籠と黄色




「ただいま、マスター」



カチャリと家の扉が開く音がして、しっとりとした高い声が耳に届いた。それにピクリと肩を上げると、自室に散乱した赤く染まったティッシュを掻き集めた。


「…マスター?」
「お帰り、レンくん」
「……、ただいま」
「早かったねぇ、みんなまだだよぉ」
「うん、さっきミク姉からメールきた…」
「そっかー」



背中に不安げな声を向けたレンくんに、見られ無いようにゴミ箱を抱えて笑ったわたし。レンくんはそのまま少し黙った後、持っていた何か袋の様なものをキッチンへと持っていった。何か言いたげだった沈黙は気のせいだ、と無理矢理決め付けてわたしは腕を見下ろす。
服で咄嗟に隠したその場所は、少しジクジクと痛んでいる。
少し浅い傷は、赤くわたしを見上げた。


でもきっと気付かれていない。
だってレンくんはまだ子供だもん。だからきっと大丈夫。

そこでフと気付く。


「あれ、今日の買い物当番ってミクとリンちゃんだった筈なのに…」


ギュっと赤をゴミ箱の底に押し込むと顔を上げる。すると、ベットの上に放ったままのわたしの携帯がチカチカと光っているのが目に入った。力無く立ち上がる。



「あ、わたしにもメールくれてたんだ…」


カチリと携帯を開くと、ミクにカイト、メイコやリン、それに今帰ってきたレン。わたしの家族の名前の羅列。それを一番下のものから開いていく。



『マスター、今日はリンと隣りのスーパーで買い物してくるよー!すっごく安いんだよぉ、夜ご飯楽しみにしててね!』

『カイトです。バイトの休憩中です!今日もお皿割っちゃいました…凹みます。帰ったら思いっきり歌わせてください。なるべく早く帰ります』

『お酒ってまだ家にあるー?今日はちょっと遅くなるからもし無かったらミクに伝えておいて^^買って来いって★』

『マスター!ミク姉がネギがネギを10本も買うとか言ってるよ〜?ヤバイよ!リンが何とかした方がいいかな?今日もネギのフルコースかも…汗』


ズキズキと鈍い痛みが身体を打つ。
ぎゅうっと切った部分を押さえながら、携帯の画面をスクロールさせていく。

みんな、こんなダメになってしまったわたしに気を使ってくれる。この子達が来た頃は、わたしはこんな時間にこの家にはいなかった。仕事をして、キチンとスーツを着て、ネイルもメイクもして。

頑張って、笑ってた。


でも、いつの間にかそれが負担になって。
逃げた。自己嫌悪に陥って、毎日自分を攻める日々。

楽になりたいのに。
もっともっと、遠くに逃げたいのに。
逃げられない、現実という残酷な籠の中。



携帯を持ったままリビングへと足を勧める。レンくんに、メール気付かなくてごめんねと伝えなくては。リビングに向かう間に彼のメールを開こうとボタンを押した。

画面に映し出される送信者の名前。それと同時にリビングから聞えた小さなしゃくり声にわたしは顔を上げた。


「っ…、」
「レンくん…?」
「………、」
「どうしたの?」


リビングを覗くと、椅子に座ったレンくんが携帯を握り締めながら机に突っ伏していた。寝てしまっているのか、そう思って近づいて手を伸ばす。しかし、彼の綺麗にセットされた髪に触れる寸の所でわたしの手はピクリと震えた。


「ぅ、っ…、」
「レン…くん?」
「ばか、…マスターの…ばかっ」
「レン…?」



彼は、肩を揺らして、泣いていた。
身体を小さく丸めて、泣いていたんだ。
レンくんの手の中にある携帯は開きっ放しで、その画面には『送信完了しました』と無機質な文字。わたしは、レンくんの手から自分と色違いの黄色い携帯を掬い上げると、虚ろな目でディスプレイを見据えた。

送信履歴
一番頭にあるのは、わたし以外の家族の名前で一括送信されている一通のメール。



『マスターが死んじゃう、早く帰ってきて!また切っちゃった!はやくはやくはやく!マスターが死んじゃう!やだ、助けて!オレじゃ止められない、みんな早く!』



「レン…くん、」
「マスター!なんで!?オレだめって言ったのにさっっ!」
「……レンく、」
「ねぇ、何回やだって言ったら止めてくれる!?何回だめって言ったら止めてくれんの?!」
「あ…、」
「オレは、笑ってないマスターも、ずっと部屋から出てきてくれないマスターも、悲しい唄しか歌わせてくれないマスターも、やだ!!!」
「レン、っ」


ガタン、とレンくんが座っていた椅子が後ろに倒れた音が響いた。ぎゅうと痛い位に腰を抱かれて、わたしはよろめいてしまった。視線を少し下げると眼下に広がる黄色は、震えて泣いていた。


「マスター、オレはマスターが居なくなるなんて…やだ」
「…、」
「ねぇ!オレ達じゃ頼りにならない?」
「そう、じゃ…なくて、」
「じゃあ何で、そんなことするの!?」
「あ…」
「ねぇマスター!」


そう泣くレンくんの涙を見ると同時に、何かがわたしの背中を押した。


「じゃ、レンくんはわたしとずっと一緒に居てくれる?」
「マ、スター…?」



遠くに逃げたくても、
独りは嫌いだった。
ごめんね、こんなだめなマスターで。

泣かせて。
ごめんね。



「マスター…?」
「レンくん、ごめん。だいすきだよ」






メールを受け取った皆が急いで駆けつけたときには、既に眠るように目を閉じたマスターがレンの腕に抱かれていた。
その傍らに落ちていた彼女の携帯画面にまだ本文が隠れたままになったメール。送り主はレン。


『マスター!オレの大切な人。だから今日は泣いてたらダメだよ。あと一分で家に着くからね。お土産があるんだ、帰ったら一緒に食べよう』



籠から飛び立ったわたしは、過誤を悔やむ事も出来ない遠い場所へと飛び立った。



「レン!何があったの?!」
「マスター!?」
「リンちゃん、救急車!」
「う、うんっ!」




そこは、

疲れも
痛みも
悲しみも無いけれど

その変わりに
家族も
温か味も

大切な何かも無い


孤独という違う籠の中だった。




「マスターの、ばぁか…」



カサリと、机の上の袋の中に置かれたビニール袋にはレンくんの精一杯の気持ちが入っていた。
大好きなあなたと、大好きな時間を。

贈れなかった、精一杯のエールを。











2010.04.21


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