企画小説
□抱きしめる
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※初の若桜
※桜井が可哀想
※若松が青峰の話ばかりするお話。恋愛感情はないです。
※…若干若←桜チック。でも一応若桜
※桜井口調崩壊
その人の口から出るのはいつもあの人に対する暴言で。
苛々してる顔を見るのは嫌だけれど、でも、少しだけ、
少しだけ、あの人を羨ましく思う自分がいる。
ガン、とロッカーの扉を乱雑に閉める音には決して僅かとは言い難い殺気が籠っていた。大きすぎる音に驚いたのは僕だけのようで、他の部員はいつものことか、とでも言うように黙々と着替えを続けている。
確かに、いつものことなのだ。
部活に来ない青峰くんに、若松さんが苛々すること。
気性の荒い若松さんは誰よりも根は真面目だ。だからこそ、青峰くんのような態度は許せないのだろう。それで自分より結果を残しているのだから、尚更。
(それは…一緒に練習したいとか、そういう理由じゃないのはわかる、けど)
毎日毎日、飽きたり諦めたりせずに青峰くんを部活に連れ込もうとする若松さんは、正直好きではない。(勿論、そうでない若松さんのことは誰よりも尊敬するし、好きなのだけれど)
ポジションの関係上コート内で言葉を交わすことの多い僕らだけれど、約八割はあの人への当て付けで終わる。嫌いなら嫌いで突き放してしまえばいいのに、それをしないのは仲間として嫌いになりきれていないからだ。
「桜井、帰んぞ」
「は、はいっ」
先輩方への挨拶もそこそこに部室を出る。熱気の籠った練習の時の空間とは違い、外の空気は肌に刺さるような冷たさをしていた。
帰り道である商店街は目が痛くなるくらい、クリスマスカラーが散りばめられていた。
何処からか聞こえてくる定番のクリスマスソングに、サンタクロースの衣装に身を包んだケーキ屋の店員。
そんな可愛らしい街並みにも目を向けようとしない若松さんは、相変わらず眉間にシワを寄せながら青峰くんへの暴言を吐いている。
今この人には色とりどりのイルミネーションも、プレゼントをねだる子供も目に入っていない。
多分、隣にいる僕さえもそうだ。むかつく、苛つくと言いながら四六時中ずっとあの人のことを考えている若松さんは、部員の中で一番青峰くんの色に染まっている気がする。
こんなの、気分が良いわけがない。
「…桜井?」
「…は、い」
「何ボーッとしてんだよ。どっか寄るんだろ?マジバとかコンビニとか」
「あ、はい…任せます…」
(若松さんの気が済むまで、青峰くんに対する苛々が無くなるまで、その時間を遣ってくれて構わないのに)
さすがにそこまでは言えなかったけれど、本心はそんなもんだ。
本当はもう帰ってしまいたい。二人だけの帰り道なのに話題に上がっているのはいつでも別の人間だ。今、否、いつも、若松さんの隣にいるのは青峰くんじゃなくて僕なのに。
(妬くとか、そういう女々しくて迷惑なことはしたくないんだけどな…)
負担なんてかけたくない。本当なら僕自身が我慢するのが一番の解決策だってことは分かっているのだ。だから、僕が感情を抑えればいいのだけれど。
「…やっぱり帰ろうぜ」
「え、な、どうしてですか…?」
「お前、なんかあるんだろ?今朝からずっと切羽詰まった顔してるんだよ」
抑えればいいのに。
結局僕にはポーカーフェイスなんて器用なことは出来なくて、若松さんが気に留めるような表情をしてしまっていたらしい。
話をやめてくれた若松さんに、少しだけ嬉しさが込み上げる。同時に、申し訳なさでいっぱいになった。
「…大丈夫、です」
「あぁ?嘘言うな。見てりゃわかんだよ」
「…ほ、本当に大丈夫…です…」
「言わねぇと磨り潰すぞゴラァ」
「ええっ?!」
「ほら、言え」
相談しろよ、とか。
あんまり溜め込まなくてもいいんじゃないか、とか。
乱暴な言葉とは裏腹に、この人はそういう気遣いをちゃんと見せてくれる。
真面目でほんの少し気の遣える若松さんが好きだ。
本当の本当に、小さなことに嫉妬してしまうくらい。
「…若松、さん」
「ん?」
「あの、相談には乗らなくて大丈夫、なので…」
抱きしめて下さい。
要らない嫉妬に押し潰されそうな、泣きそうなくらい悲しい僕を。
即座に触れた温もりに、不意に全てを忘れそうになった。
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お粗末様でした^^