わかばいろ
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まだ幼かった頃の私は、一度だけ両親に内緒で弟と一緒に村を抜け出して平原に出て遊んだ事がある。
それがどれだけ危険な事かよく分かっていなかったから出来た事。
成長した今の私ならきっとそんな事は出来なかっただろう。
見つかれば女子供関係なく、妲己が支配する殷に連れて行かれる時代だったのだから。
でも、そんな子供ながらの無謀さがあったからこそ私は彼に出会えたのだと思っている。
弟と無邪気に遊んでてフト人の気配を感じ
人見知りもあって私はまずは弟を守る為背に隠し、そっと木陰からその人を確認した。
その人は、少し遠い距離にいるカバのような動物を横に携えた黒髪の男性に向かって何事かを囁く。
そしてすぐに方向転換をしようとした時、私達の存在に気付いた。
驚いたように静かに目を見開き、ゆっくりと近付いてくる。
不思議と怖さはなかった。
むしろ、とても美しく思えた。
夕日を背に青空のように青く長い髪を風に遊ばせ、大きなフォークのような物を持ち、肩にかかった白い外套を靡かせ私達を見下ろす。
「…この近くの村の子かい?」
「……………」
綺麗なその人に私は見とれて声が出なかった。
「ここは危ない。すぐに帰りなさい」
「……………」
「…参ったな…すぐに連れて行きたいが…
僕の立場と、これからの事を考えると今彼女をスカウトするにはタイミングが悪いような……仕方ない」
男性はニコリと笑うと
「必ずキミを迎えに行くよ。全てを終わらせて」
「……………?」
「でも今は早く帰りなさい。
さあ…誰にも見つからない内に」
コクリと頷き、弟の手を取って村へと歩きだす。
途中後ろを振り返るとその人はずっと見守っていた。
私達がきちんと帰り着くか確認するまで。
その人が私の初恋だった。
名前も分からないし、どこの人なのかもさっぱり分からない。
顔だけで惚れたのだと言われれば確かにそう。
けれど、多少思い出補正というものがあるにしろ忘れられない程綺麗だったのだ。
もう一度会いたい。
あの人に会いたい。
その願いが叶わないまま私は年頃を迎えた。
忘れられず恋愛経験はゼロのまま成長した。
10代も後半でこれではきっともう嫁の貰い手はない。
幸か不幸か、両親は数年前に事故で亡くなった。
だから悲しませる人はいない。
跡継ぎは弟に任せればいい。
私は胸の中にいるあの時の綺麗な人を想い、静かに暮らして一生を終えよう。
そう決意した。