わかばいろ

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下絵を描いた生地を前にして私は悩む。

夕食が終わった食休み。
教主専用の談話室でローテーブルを挟んだソファーに座り
師匠は本を読み、私は刺繍道具を持ち出してと
それぞれ思い思いに時間を過ごしていた。

「チュエ?何をそんなに悩んでるんだい?」

「あ…師匠」

私と向かい合うように座っていた師匠が不思議に思ったらしく、本から目を離して私を見ていた。

「菫星に贈るハンカチを作ってるんですが…どんな刺繍にしようか迷ってまして。
下絵は出来上がったし、菫星の好きな色の糸も揃ってるのであとは縫うだけなんですが…
いつもみたいにスイスイと針が入らないんです」

「ただ縫うだけじゃないのかい?」

「刺繍に限らず縫い物には色んな種類の縫い方があるんです。
それによって完成した時の見栄えや手触りが随分変わってくるから、最初にどんな縫い方にするか決めておかないといけないんです」

「へえ…縫い物って意外と奥が深いんだね」

「今まではそんなに悩むこと無く針が入ってたんですけど
菫星に贈る為って意識してるせいかどんな仕上がりにしようか決められなくて。
…スランプでしょうか?」

「そういう時もあるよ。
僕もたまに変化が妙に上手くいかない時があるからね。
そんな時は無理せずしばらく休む事にしてるよ。
そしたらある日突然元通りになるものさ」

そう言って師匠は突然菫星の姿に変化し

「だからチュエも無理せず自分のペースで作るのよ?
スランプ脱出方法は人それぞれだけど、たまにはわざと好きな物から遠ざかってみる事も大切よ」

「分かりました。ふふっ相変わらず師匠の変化は凄いですね」

「そうだろう?」

と、元に戻る。
なんだか胸を張って自慢しているような表情になっていて可愛い。

とりあえず私は手に持っている針と布をはめた刺繍枠をローテーブルに置く。

「だけどチュエの刺繍の才能はこの僕でも真似出来ないよ」

「そうなんですか?」

「刺繍自体は習えばきっとすぐに出来るだろう。
けれど、どんな絵にし、どんな色使いをして、どんな仕上がりにするか。
そういう想像力や感性が重要になってくる部分はさすがの僕でも真似出来ない。
想像力や感性といったものはその人その人が生まれ持ったもので、今まで経験した事や学んだ事で養われる。
いくら僕が表面上真似た所でその人の感性までは真似できないよ。
相手の能力を真似する事は出来ても、相手の想像力や感性なんて想像もつかないからね」

「なるほど…」



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