わかばいろ
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菫星のお見舞いとして渡すはずだった刺繍の下絵には、まだ糸が一本も縫われていない。
それを私は片手に糸を通した針を持って呆然と見つめていた。
「何かを得る為には…何かを犠牲にしないといけない…
何かを出来るようにするには、何かを出来ないようにしないといけない」
師匠がたった数日で諦めるほど戦闘の才能がなかった私が
ある日急に戦えるようになった。
いくら菫星の戦闘を近くで見ていたとはいえ
仙人界の教主を務められる程の実力を持つ師匠が、諦めるくらいのセンスの無さが急に覆るなんて有り得るのだろうか?
そして…その日を境に急に出来なくなった刺繍。
最初はスランプだと思っていた。
過去にも急に出来なくなる事はあったから何の疑いもなかった。
「私にそんな記憶はない。
でも…私は…菫星は、菫星の師匠に会ってるって…言ってた」
認めたくない。
だけどもう…確かめるしかない。
針を置き、おもむろにテーブルの上にあった糸切りばさみを握る。
ぎゅっと握りしめはさみの先を腕に近付ける。
手首の下の部分…前腕と呼ばれる腕の中心辺り。
「っ…!」
決意して切っ先を刺し込んだ。
「う…っ」
そのまま引いて一本の切り傷を作る。
血が出るくらいの深さを意識して。
「……はぁ」
ある程度の長さの切り傷を作るとはさみを退かして腕を見つめる。
「お願い…」
ここまで切ったのだから普通なら血が出るはず。
血液が滲み、溢れ出るはず。
「お願い」
だが
いつまで経っても…血が流れる事はなかった。
「…………」
ダラリと腕の力が抜け持っていたはさみが床に落ちる。
ゆっくりと顔を上げて天井を仰ぐ。
全身の力が抜けて椅子の背もたれにもたれ掛かると一言自分にこう言った。
「馬鹿じゃないの?私…」
強くなりたかった。
戦える人になりたかった。
その気持ちは分かるし否定しない。
でも…こんな事になるなんて…!
「(だけど私が決めたこと。
何を失ってでも手に入れたいと願い、覚悟したのは私)」
たとえどんな結末が待っていようと自分が決めた道。自業自得。
誰も責める事は出来ないし、誰も恨むことは出来ない。
全部全部…私が悪い。