書庫(捧げ物3)

□引き寄せられて
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約束の通り、浦原商店で夜一から手紙を受け取り一護は空鶴の所へと向かう。
不機嫌そうに門の所にいた空鶴に事情を説明し手紙を渡すと、先ほどとは打って変わって上機嫌に四楓院家へと案内された。
「おい、夜一の代理で一番弟子のコイツが集会に出る。着物持って来い」
夜一からの手紙を女中頭に見せて命ずる空鶴、すぐさま素人目にも上等だとわかる着物が差し出され一護は否応無く使用人達に着付けられてしまう。
それを笑いながら見ている空鶴も珍しく正装で、渦を巻いた家紋が袖に描かれている鮮やかな群青の着物を纏っていた。
対して一護が着替えさせられたのは四楓院の家紋が見事に染め抜かれた羽織と楓の象徴ゆえか見事な紅緋色の着物に、使用人達が嬉々として若い一護に合わせた帯は若竹色となっている。
「似合うぜ一護、次期当主として立ってても申し分無ェな」
若々しく、それでいて威厳も持ち合わせている一護に使用人達が一様に見惚れているのを余所に楽しげな空鶴。
「…取り敢えずいるだけでいいんだろ? 浮いてなきゃいいか」
同伴者が空鶴とあって気楽な一護は自分の格好を気にしない事にして、集会の場所へ空鶴と向かった。
集会では貴族達が集まっていて、空鶴は一護が貴族達に気迫負けしていない事を自らの事の様に得意げにしている。
尚且つ見目麗しい一護が自分の付き添いでもある事に気分が良い空鶴は堂々と集会の中で当主らしく振舞い、一護も別段の問題も無く集会が終わった事にホッとしていた。
集会の後に少しだけ白哉と話をしてから、一護は四楓院家に戻り着物を返す。
名残惜しそうな使用人達を尻目に、茶菓子を振舞うと言う空鶴と志波家で一休みして現世へと帰った。
一応報告の手紙を空鶴に認めてもらったので夜一に渡し、一護は漸く家へと帰る。

数日後に届けられた約束の高級チョコレートに目を輝かせた一護も、それを見て自分の情報収集力に感謝していた夜一も、これから面倒な事が起きる等とは思いもしていなかった。


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いつも通り現世での代行業の報告に来た一護。
報告書を受け取った山本が少々苦い顔をしているのを見て首を傾げる。
「一護、すまんがこれからある家に行ってくれんか」
どこか困ったような言い様の山本、珍しく困惑しているらしいその様子を不思議に思い一護が理由を聞くとどうやら貴族達が一護と面会を望んでいるらしい。
幾ら護廷が戦闘専門部隊とはいえ瀞霊廷自体は貴族階級の強い場所、護廷の中の事ならば突っ撥ねる事も出来ただろうが面会の要望をむやみに跳ね除けるだけの理由も無く断る事は出来ないと山本は言う。
「お主は現世の人間、代行者だと言ったのだがの…」
四楓院家の当主代理でもあると言い返されたと困惑気味に話した。
「そーいや夜一さんに頼まれて集会に出た; まぁどうせ夜一さんへの伝言か何かだろ、一応行ってみるよ」
一回集会に出るだけでは済まなかったのかと思わず苦笑する一護、軽く山本に返すと家の場所を聞きそこに向かう。
着いた家はそれなりに立派だったのだが、夜一や白哉の家を見た事のある一護にとっては多少裕福な家なのだろうと思う程度。
臆する事なく門を叩き、当主へと目通りを頼んだ。
すぐに取り次がれ客間へと通されると、玉露と思われる茶を出されて一息つく。
「態々当家まで足を運んでいただき申し訳ありません、四楓院家の方となれば本来此方からお目通りを願わねばならないのですが」
一見人の良さそうな笑みを浮かべた老齢の当主が顔を出し、一護に頭を下げた。
しかしニコニコと笑うその顔に何か引っかかりを覚えて、一護はある種の曲者であろうと検討をつけ気を引き締める。
「いいえ、総隊長から聞いたかもしれませんが俺は夜一さんの弟子として代理に出たまで。四楓院家の名で集会には行きましたが只の死神代行に過ぎません、当主としての要件ならば取次ぎしますので俺は伝言役程度にお考え下さい」
軽く口元に笑みを乗せて背筋を伸ばしたまま言えば、当主が益々笑みを深めた。
「まさか伝言役程度になどと。朽木家のご当主とも親交が深く志波家ご兄妹とは懇意の仲、その上に四楓院家のご当主にとって弟同然の方を軽んじる事などどうして出来ましょう」
明らかに含みを持ったその言葉に一護が僅かに眉を寄せるが、当主は気にもせず部屋の外へと目をやり使用人に何か合図をする。
すると図ったように何人かの貴族の当主とその後ろに娘らしい女性達が部屋に入って来た。
「集会では話す機会がありませんでしたので、このようにゾロゾロとお見苦しくも集まった次第です」
「本当は当主だけにしようとも思ったのですが、噂を聞いた娘達にどうしてもと言われ皆が皆断れず連れて来てしまいましてね」
「情けない話ですが可愛い我が子もそろそろ婚約させなければいけません、親の贔屓目を抜いても中々気立てが良いと思うのですが好みではありませんかな?」
好々爺然とした笑みを浮かべ次々に言ってくる当主達に一護は表情が引き攣った、喧嘩ならば何時でも来いと言えるが見合い話を持って来られる等とは思いもしていなかったのだ。
そんな一護とは裏腹に連れて来られた娘達は聞きしに勝る一護の容姿にウットリと見蕩れている、むしろ見蕩れているだけなのは良い方で年上らしい女性達はいそいそと一護に気に入られようと品を作ったり早くも話しかけようとしたりとし始めている。
「……申し訳ないが俺は死神代行の現世の人間、此方で婚約は出来ない」
「婚約だけならば構わないでしょう、此方は一向に構いませんよ」
「そうです一護殿、この子達も一護殿を好いている様ですし何なら選ぶのは後日でも構いませんよ」
「それは良い、まずは我が娘を友人としていただけませんか? 誰か決めるまでは全員婚約させずに待たせますので」
「よもや四楓院の顔を潰されるつもりはありますまいな、弟君として答えを出していただかなくては此方としても困るのですが」
何とか断ろうとした一護の言葉をアッサリと返す当主達。
グッと怒鳴り返したくなる衝動を抑えて一護は頭を働かせる。
その間にも積極的な数人が一護の傍へ寄り、少しでも気に入ってもらおうとアレコレ話しかけたり質問したりしてきていた。
何とか夜一の名誉は守りたいが、このまま流される訳にもいかない。
流されたら最後、本当に婚約し結婚させられそうだった。
頭の中に知人友人の顔を思い浮かべ、一護は後で謝り倒せば済む相手を探す。
数人の女性は謝るより先にからかわれそうだし夜一は弟扱いになっているので名前を出しても無効だろう、後は迷惑になりそうで出すに出せない。
事情を話せば理解を得れて、後々面倒にもならない程には貴族達に名前が知れている人物。
その条件を満たす女性は一護の知る中では二人、五大貴族に戻った空鶴と護廷隊長の卯ノ花。
二人とも方向は違うが一般論で言っても美人に入る上に貴族になんらかの嫌がらせや圧力を掛けられる心配の無い相応の権力者だ、後で事情を説明し謝り倒して詫びをするからと心の中で頭を下げ腹を括ると、一護は一人の名前を口にし貴族達を黙らせた。
反論や言及に合う前にその場を素早く離脱して、口にした名前の主に一先ず謝りに走る一護。

現世に戻った一護から事情を聞いて激怒した夜一により、朽木家と志波家を含む三家から貴族達に一護への縁談及び過度の接触を禁じる厳しい通達があったのは言うまでもない。


しかし命知らずというか限度を知らない愚か者とは何処にでもいるもので、逃げられて落胆している娘達の中には絶対に気に入れて見せると意気込む数人がいた。
そして子が子ならば親も親、逃げたのは困惑からだろうと解釈しちゃんと話せば婚約する筈だと思っているのがその娘の親達。
互いに張り合う中流でも上位のその貴族の親子はまた直ぐに言い合い、誰が一護と婚約し五大貴族との関わりを持てるかと火花を散らす。
自分達より下の貴族達の中で死神をやっている者達に一護の来る日取りを調べさせ、報告の為に定期的に護廷へと訪れる事を突き止めた。
そして定期報告の日、護廷隊士の下級貴族を脅して一護に声を掛けさせると料亭の近くで偶然を装い目の前に現れる。
役目が終わり即座に立ち去る隊士に一護は首を傾げるが、すぐに声を掛けてきた娘達に顔を向けた。
当主とその娘達にこの前の事を思い出して警戒する一護、しかしそれにも気づかず娘達が一護へと擦り寄る。
「一護様、また会えてこれ以上嬉しい事はありませんわ」
「折角お会い出来たのです、お食事だけでも一緒していただけないでしょうか?」
「何か好き嫌いはお在りでしょうか、少しでも一護様の事を知りたいのです」
口々に言い寄る娘達にゾワリと一護の背筋へ寒気が走った。
幾ら一護が女性に興味が無いと言っても一護自身はモテる、直接告白される事は少なくとも言い寄られる事など一護が気付かないだけで実は結構ある。
しかしそれは純粋に一護への好意からの行動であって、娘達の媚びを含んだそれとは本質が違った。
根本的な意味は理解していなくても違いを肌で感じ取ってしまった一護は珍しく女性に対し嫌悪感を感じてしまい、思わず突っ撥ねそうになるのを理性で押しとどめる。
だが今まで聞いた事の無い粘着質の声と絡みつくように触れてくる手に一護の肌が粟立ち、何とか離れてもらおうとする余り食事だけならと返答を返してしまった。
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