単篇集

□妖逆門×葛葉ライドウ
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 一ヶ月と八日。
 修練生を卒業し、目付きつきの条件を飲み込んで、多聞三志郎は里を出た。
 一ヶ月と八日。それは彼が正式なデビルサマナーになってからの期間であり、そして、里を出てからの期間でもあった。



<妖逆門×葛葉ライドウ>
クロスオーバー企画
デビルサマナー多聞三志郎



 大正二十年、帝都、異界某所にて。

「来い、ヒトツキ!」

 霊符を掲げてそう呼べば、符から発した淡い緑色の光が、軌跡を残しながら空を走る。そうして発現したのは、緑蛇が幾重にも巻き付いたような身体を持つ、白胴衣の一角鬼だった。

 一鬼と呼ばれたその鬼は、左手に持っていた鉄の棍棒で周囲を薙ぎ払う。それに敵が怯んだ隙、多聞三志郎は内一匹の懐に素早く入り込み、刀を真一文字に振った。返り血が噴き出す前に飛びのいた三志郎は、ざっと素早く周囲の様子を探る。

 十……二十……、ちょっと多いな。三志郎は呟くでもなく、そう思った。

 彼の周囲を囲むのは、無数のオバリヨン。人の背中に勝手に取り憑くくらいで、大して害の無いはずの連中だが、最近調子に乗って人間に迷惑を掛け過ぎているらしく、三志郎は彼らの討伐依頼を受けたのだ。見た目は可愛い子鬼に過ぎないが、その大きな手から繰り出されるぐるぐるパンチは侮れない。一気にかたを付けるつもりで、三志郎は一鬼と目を合わせた。

「いくぜ!」
『おう!』
「『銀氷忠義斬!』」

 一鬼はその身の力を、三志郎の刀に委ねる。三志郎もあるだけの気を集中させて、ゆっくりと居合いの構えに移った。三志郎の手に、刀身に宿った冷気が掠める。張り詰めた気が極限に達したとき、三志郎は目を見開いた。凡夫には目に追えぬ速さで、三志郎は悪魔たちに何度も何度も太刀を入れる。あっと言う間にその攻撃は終わり、知らずの内に三志郎は刀を鞘に納めていた。

 銀氷の力を宿した刀は、斬ったその太刀傷を一瞬にして凍らせ、軽くとも凍傷にするほどだ。ただ、オバリヨンたちには十分効果があったようで、彼らは血を一滴も散らすことなく、霧散するように消えていった。

「お疲れ、ヒトツキ」
『今回も楽勝だったな、三志郎!』
「ああ!」

 軽く拳を打ち合いながら、互いに勝利を祝う。霊符に戻った一鬼を手札に戻した三志郎が、ふっと気を抜いた瞬間、ぐらりと視界が傾いた。倒れこんでいく彼の背中に寸でのところで、トンと支えが当たった。

『兄ィちゃん、マグネタイト使いすぎだ』

 上から覗き込むように視界に入ってきたのは、灰色の髪をいいように伸ばし、スーツ三点を黒で揃えた長身の男。目付けの業斗童子、不壊だった。

 業斗童子。三志郎自身にはよく分かっていないようだが、元は人間だったのがなんらかの禁忌を犯して罰に処せられた者を言う。黄泉へ逝くこともできず、彼らは何かを依り代にしながら、遙かな時を生き続けるのだ。

 ちなみ不壊は、三志郎の影を依り代としている。影は不定形だ。だからその姿は一見、普通の人間のように見える――三志郎と影で繋がっていて、そこから自由に出入りできること以外は。

「仕様がないだろ、合体技は強いんだからさ」
『あのなァ、兄ィちゃん、マグネタイトの管理もできてこその、一流のデビルサマナーだぜ?』
「た、倒したんだから、いいだろ!」
『快勝とは言えないがな』

 剥きになって叫ぶ十六歳の少年を、不壊は顎で指し返した。里から持ってきた数着の詰襟は、既に継ぎはぎ状態で、薬代もばかにならない。それに、傷つくのは三志郎だけではなく、仲魔たちの回復にも何かと入り用なのだ。

 三志郎は猪突猛進型で、なかなか、細々としたものへの注意が向かない。特に、要であるマグネタイトの管理が苦手だった。悪魔を召喚するにも、悪魔に特技を使わせるにも、マグネタイトという気のようなものが必要なのだが、三志郎は初っ端から仲魔たちに技を乱発させては、後半で苦戦してしまう。先が思いやられると、不壊は空を仰いだ。

「それより、早く帝都に戻ろうぜ!」

 三志郎の呼び声に不壊が目を向ければ、彼は既に異界の出入り口で手を振っている。不壊は諦念めいたため息を吐き、肩を竦めて影に入った。


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