薄桜鬼SSL 沖田さんルート

□運命の転生(りんね)J
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なんだろう…心臓がドクドクと脈打つのが聞こえる。私は窓に寄り空を見上げた。相変わらず月が綺麗だった。時刻は夕刻になる頃だ。本来なら月はまだ東の空のはずなのに、今は0時の位置にあった。
沖田さんが出掛けてからそろそろ9時間になる。一体何しに何処まで行っているのだろう。不安は広がるばかりだった。
そしてそれを強調する様に心臓はドクンと血が逆流しそうな強さで鼓動していた。
まだ誰も来ない。だから私は広い家に一人。何しに行ったかもわからない沖田さんの帰りを待つしか出来ない。
「沖田さん…何処に行ったんですか…?」
私は窓に手を当てて呟いた。触れた手の周りのガラスが白く曇る。そういえばなんだか寒い。日が昇らないから温度は下がる一方なのだと気が付いた。
「…沖田さん……」
私は定期的に沖田さんの携帯に連絡を入れた。しかし一度も沖田さんが応答することはなかった。
「お願い…出て…」
私は祈るように携帯のリダイアルボタンを押す。やっぱり沖田さんは出なかった。
無機質な音だけが聞こえる。
え?なんか今…
「…………………………」
私は耳を澄ました。
……………………………
……………………………
…………………
確かに音が聞こえる。耳元以外からの無機質な音。気のせいじゃなかったらこの音は…
「沖田さん!!」
私は慌てて玄関のドアを開けた。目の前にあった光景。その光景に私は言葉を失った。
「沖田さん?!」
そこには赤く染まった制服に身を包んだ沖田さんが倒れていた。私は靴も履かずに沖田さんに駆け寄る。
「沖田さん!!しっかりして下さい!!」
私は沖田さんを抱き上げた。沖田さんはぴくりとも動かない。目も閉じたまま。沖田さんの額から血が伝い私の手を赤く染めた。
「沖田さん!!!」
私は沖田さんに必死に呼び掛けた。だけど沖田さんは全く答えてはくれない。
ひどく動揺したがここで慌てても良いことはない。私は一度冷静になって沖田さんの脈を取った。トクンという振動を感じると一先ず安心した。だがその拍動は弱い。私はとりあえず沖田さんを中に運ぶことにした。傷の具合もわからない。治療は中に運んで傷の具合を見てからだ。ちょっと引きずる様になってしまうが、私の力で沖田さんを抱き上げるのは無理があった。
「ん…と…」
私は沖田さんを玄関内にいれる。そして急いで2階に駆け上がり、布団を一組リビングにひいた。沖田さんをそこに寝かせるまで約10分。私はたったそれだけの仕事だったのにも関わらず全身汗で濡れていた。
それから沖田さんの傷を一つ一つ手当していく。だが私は手当をしている最中にあることに気が付いた。
「…なんで傷が?!」
沖田さんは羅刹。傷は意思とは関係なく塞がっていく。だから傷があるのはおかしい。130年前も確か沖田さんが受けた怪我はなかなか治らなかった。でもあれは銀の弾丸。つまり…
『シルバー・ブレッド』
シルバー・ブレッドは吸血鬼や狼男を滅ぼすための弾丸。伝説の吸血鬼もシルバー・ブレッドを受けると消える。だから羅刹にもシルバー・ブレッドだけは効果がある。
だが沖田さんが受けた傷は紛れも無く刀傷。鋭利な刃物で切り付けられた傷だ。なのにどうして傷は塞がらないのだろう。
「…………沖田さん…?」
私が悩んでいる間に沖田さんの顔から生気がだんだん消えていく。血の気が全くない顔色。沖田さんはこのままだと死んでしまう。そんな色。
「やだ!!沖田さん!!死んじゃダメ!!」
私は傷の手当を終えると、沖田さんの周りにお湯の入った入れ物を置いて暖をとる。でも沖田さんの顔色は悪くなるばかりだった。
「嫌!!沖田さん!!目を開けて下さい!!」
私は沖田さんに叫んだ。声と一緒に涙が沖田さんが瞳を潤ませ始める。このままじゃ本当に沖田さんが死んでしまう。でもこれ以上の手当が思い浮かばない。
「ねぇ!沖田さん!!死なないで!!お願い!!」
血の気が全くない。身体も普通よりもずっと冷たい。
どうしてこんなことになったんだろう。一体誰が沖田さんを。
「ダメだ。こんなこと考えてもしょうがないよ!血の気が出るまでなんとか暖……を………」
血の気がない。
血……
「……血……」
それからの私の行動に迷いはなかった。私は刀で腕に傷を入れる。いつもより深く長く。痛みもいつもの倍はあるかもしれない。でも痛みなんて気にしてる余裕はなかった。私は腕から溢れる血を沖田さんの口元に運ぶ。だがその血はぽたぽたと落ちて、沖田さんの頬や唇を赤く染めるだけ。
「…………………………」
私は沖田さんを助けたい。今の一番の気持ち。それ以外の気持ちはいらない。私は目を閉じた。そして溢れる傷口を自分の口元へと運ぶ。
血の独特の味がする。十分血を含んだところで沖田さんを見る。
――ごめんなさい……
私は自分の唇と沖田さんの唇を重ねた。そしてゆっくりと血を沖田さんに流し込む。それを数回繰り返した。床が私の血に濡れる。
「……………………っ?!」
急に目眩がした。一体何リットル血を流してしまったのだろう。少しまずいかもしれない。でも私はいい。沖田さんさえ生きてくれればいいの。沖田さんの頬に触れると今度は沖田さんの方が暖かかった。
「……良かっ……た……」
それから先の意識はない。




……………………
…………………………
…………ここ……は……
「あ?気が付いた?」
まだ意識が薄れている。なんだか随分近くから沖田さんの声が聞こえる。
沖田さんの……
「沖田さん?!」
私は慌てて声がする方に視線を移した。
「え……きゃあぁあああ!!」
「……なんで『きゃあ』?…」
私は声が聞こえた真横に視線を移した。そう真横に。隣には沖田さんが寝ていて、ニコニコとしている。
リビングに運んだ布団は確か1組。つまり私と沖田さんは同じ布団でだいぶ密着して寝ている。
「ごめんね…ちょっと僕も2階まで行く気力は無くて……同じ布団で…勿論何もしてないから安心して?」
「えっあっあの!!」
「ん?」
「えっと……あっ具合…大丈夫ですか…?」
「あぁ…うん!千鶴ちゃんのおかげでもう動けるよ!!ありがとう!!」
沖田さんはそう言ってニッコリ笑った。私はその瞬間思わず意識のない沖田さんにしてしまったことに顔が熱くなる。
何かしたのは私のほうだ。……沖田さんもファーストキスだったらどうしよう……
沖田さんを見ると何故だかクスクス笑っている。もしかして沖田さん知ってる?!
「どうしたの?そんなに一緒の布団が恥ずかしい?」
「……え………その……皆もうすぐ来るんじゃ……」
「そうだねぇ…」
「そうって!!流石にマズイですって!この状況!!」
私は慌てて布団から出ようと身を起こそうとしたが、沖田さんに抱き留められて逆戻りしてしまう。
「おお沖田さん?!」
「大沖田さん?誰それ?」
「ふざけないで下さい!!」
沖田さんは間違いなく私で遊んでいる。私は腕全体でそんな沖田さんから離れようとした。そして腕に手当が施されていることに気が付いた。
「あ………」
「ん?どうしたの?」
「手当…ありがとうございました…」
私がそう言うと沖田さんはニッコリ笑って私を抱きしめた。
「えっ?!ちょっ!!」
「それ自分でやったでしょ?」
「はっはい?」
「僕の口の周りに千鶴ちゃんの血がついてたから僕に血を飲ませようと口元に垂らしてたってとこかな?」
私の全身がオーバーヒートしたように熱く真っ赤になった。
……半分くらい当たってます。実は口移ししましたって言ったら沖田さんはなんて言うだろうか。言えるわけないけれど。
「ん?どうしたの?顔赤いケド…」
「い…いえ!!なんでもありません!!」
「………………どうせなら胸辺りに傷入れてくれれば良かったのに…」
「なんでですか!!」
「なんでって?そんなの治療名義で堂々と脱がせられるからに決まってるじゃん!」
「なっ?!」
さっきまで瀕死状態だった人が何を言い出すのか。沖田さんはケラケラ笑いながら言ってのける。だが私はそんな台詞に平然でいられる程大人じゃない。身体は素直に反応する。そんな私を無視して沖田さんはふいに真剣な顔になった。私は沖田さんの変化に気付いて、気持ちを落ち着かせる。この傷の原因を話してくれるかもしれない。私は身体を起こして沖田さんの台詞を待つ。沖田さんも上半身を起こし、手を口に当て考えるポーズをとる。
「あ〜でも千鶴ちゃんじゃちょっとボリュームが…」
「………………なっなっなっ??!!」
ボリュームってやっぱり…胸のことだよね。気にしてるところをストレートに表現しないで欲しいんですけど…
顔は赤いままだけれど、結構ショックが大きい。胸は努力の仕様もな…
…そうじゃなくて!!私が待ってたのはそんな台詞じゃない!けれど今講義しても100%沖田さんには勝てない。自信を持って言える。私はそのままそっぽ向いた。
「…あはははは!!……やだなぁ千鶴ちゃん真に受けないでよ!!大丈夫!千鶴ちゃんは十分魅力的だからさっ!」
…………………………やっぱりからかわれたんだ。また。また!!
「沖田さん!!からかうのもいい加減にしてください!!さっきまで死にそうだったんですから大人しく寝てて下さい!!」
「え〜!!」
「………流石に怒りますよ?」
「……………ごめんね…あまりに千鶴ちゃんが可愛いから…ついからかいたくなっちゃって!……でも千鶴ちゃんも休んでた方がいいよ?だいぶ血を吸われたんじゃない?僕に。」
「………………っ沖田さんは…………」
「いいよ。僕は羅刹だから。無理しないで。」
「………沖田さんは……見境なしに血を求めはしません……よ……」
「結末は同じだけどね…」
沖田さんはそう言って笑った。
羅刹と同じ結末だなんて言わないで欲しい。沖田さんは死なない。そう。死なせない。死なせたくない。だから言わないで欲しい。
「……僕の余命は短いよ。」
「………そんなこと…」
「…なんてね!!簡単には死んであげないよ!!だって僕まだ16年しか生きてないんだよ?!やりたいことも何もやってないし!!」
「……そうですよ!!沖田さんは死なないです!あっ私もう平気なんで2階片付けてきますね?実は布団引っ張り出して散らかしたままなんです!」
私はそう言って立ち上がった。さっき怒ったからか今度は沖田さんは私を止めなかった。
「じゃあ寝てて下さいね!」
私はニッコリと笑ってリビングを後にした。ゆっくり壁に手を当てながら階段を登る。
――沖田さんが死ぬ――
一歩事に階段が軋む。
――運命が沖田さんを殺す――
一歩が重い。私が登る間にも時は進む。
――また私よりも先に――
私は階段を上がりきって散らかした部屋に入り、扉を閉めた。
途端に溢れ出す涙。
「いや…」
運命の時はじわりじわりと近づいてくる。変えられないから運命。運命は必然。だから沖田さんが死ぬのも必然?
運命が彼らを呪い殺す。どうして沖田さんが?どうして…死ななきゃいけない理由がわからない。
「死ぬなんて嫌だよぉ…」
泣きたくなくても涙は溢れ出す。
一体誰が私達を転生させたのだろう。そしてどうして死ぬ運命を授けたのだろう。それも過去にあれだけ羅刹の血に苦しんだ彼らに。
神は時に残酷な存在になるとはよく言う。まさに今の状況は私達…いや沖田さん達には残酷。神は命を欲している。それも再び。
命が欲しいのなら私の命をあげる。
だからお願い…
『沖田さんを殺さないで…』
どんなに強く願えどその思いは儚く消えるだけ。









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