薄桜鬼SSL 沖田さんルート

□運命の転生(りんね)L
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私の父様が総ての鍵。私は沖田さんに黙って一人で外に出た。
私が終わらせる。そのためならなんだってしてみせる。そう思った矢先だった。
「……千鶴…ちゃん?」
私の名前を呼ぶ声が聞こえる。幻聴じゃなければその声の主は沖田さん…
「沖田さん…?」
振り返ると沖田さんはいつもの様子でそこに立っていた。傷はもうすっかり治っている様だ。顔色もいい。
真っ暗な闇が立ち込める街。だけど空は快晴でいつもの夜と変わらない。実際は夕刻なのだが綺麗な月夜だ。私は沖田さんに見つかってしまい、ただ黙り込んでいた。
月が二人を照らす。
「……一人で何処に行こうとしてたの…?」
「ちょっと散歩にでも行こ…」
「当ててあげよっか?」
沖田さんは私の台詞を遮ってニッコリと笑う。やっぱり沖田さんからは逃げられない。私はそう思った。
「コンビニでしょっ?そうだよね〜僕もお腹空いたもん!!」
「…え?」
「あれ?違う?!」
沖田さんの台詞に思わず驚愕の声をあげてしまう。てっきり言い当てられると思ってたのに…
「…ねぇ千鶴ちゃん…」
「…僕が生まれ変わって良かったって思ったこと…教えてあげる!」
沖田さんはそう言ってニッコリ笑うと私に近くの公園まで行こうと提案した。私は沖田さんの後を黙ってついていく。
私はただ戸惑うばかりだった。




小さな公園は真ん中に噴水がある。花木が華々しく綺麗に咲いている。市立とは言え、だいぶ整備が行き届いているらしい。
沖田さんは噴水の縁に座った。噴水の水飛沫が月明かりに照らされて、まるで細かい星の様に見える。
沖田さんは私に自分の隣に座るよう促した。そしてゆっくり口を開く。
「…まずさ…何よりこの時代なら肺炎もあっという間に治るんだよねぇ…あの時代にもこの技術があれば僕は羅刹なんかに成らなかったのになぁ……」
沖田さんは楽しそうに話している。私はただ沖田さんの言葉に耳を傾けるだけ。沖田さんは内心怒ってるのではと疑いたいほどにこやかだ。
「…それとさっ学校ってやっぱり良くない?僕はずっとなんて面倒臭いシステムなんだって思ってたんだけどね?…やっぱり普通に学校行って、普通に友達と喋って、普通に勉強して、普通に……恋して……学校って凄いんだって最近わかったんだ!」
沖田さんは一体私に何を伝えたいのだろう。『普通』の良さを説かれても虚しさが広がるだけだ。こんな話を今する必要があるのだろうか。沖田さんには悪いけれど、時は一刻を争うほどに深刻な状態だ。こうしている間にも父様は…
「…千鶴ちゃん?聞いてる?」
「えっ?あっはい!」
「…聞いてなかったでしょっ?」
沖田さんは酷いなぁといいながら私の頭を撫でた。聞いてはいたけれど沖田さんの言葉は右から左へと抜けていた。なんて言ってたかは欝すらとしか記憶にない。
「…千鶴ちゃん…次のは聞いて?僕のお願い…」
「…はい…」
「………僕はずっとどうして自分が?って思ってたんだ…どうして自分達だけがこんなに苦しまなきゃいけないんだって……でもね……僕が今……生まれ変わって良かったって思えるのは……」
沖田さんはスッと立ち上がって私の前に来る。そして私のポニーテールを作っていたゴムを取った。
バサッと髪が幾重にもなって肩に落ちる。
「……君が…いたから……」
――え……?
沖田さんはそう言って優しく笑った。
沖田さんの指に私の髪が絡まる。
「…君が僕達を守ろうと必死になって…辛くても涙を押し殺していたのが堪らなく愛おしいと思った……そして…君を守りたいって思った……」
私は頭の回転が追いつかないでいた。そもそも私が傍にいなければ記憶すら蘇らず平和に暮らせたかもしれないのに…沖田さんの言ってることは矛盾している…
「そんなのおかしいですよ!!」
私はいたたまれなさに思わず声を荒げた。立ち上がり手をギュッと握り締めた。じんわりと涙が込み上げてくる。
沖田さんは何も言わず私の台詞を待ってくれている。
「だって沖田さんは私がいなかったら普通の高校生のままいられたんですよ?!私がいたから良かったなんてありえません!!」
――だから…もう私なんか見捨てて沖田さんはもう戦わないで……もう傷付かないで…
「私は過去も今もいっつも皆の疫病神で!!私に関わった人はどんどん不幸になっていって!!私は…私は……羅刹に堕ちていく人…死んでいく人の目の前にいたのに何も出来なくて!!大切な人が苦しんでいるのにその人にさえ何も出来なくて!!」
「……だから?」
「…え?」
「…だから君は今何かしようとした……それを君の口から聞かせて?」
沖田さんは優しく微笑んでくれるのを止めない。前みたいに頬を叩かれるかとも思ったのに、沖田さんは微笑んだまま。この人はどこまでも優しい。私には勿体ないくらいに優しい。遂に目の奥で堪え切れなくなった涙が表面に溢れ出した。涙は一体溢れると止まることを知らない。ポタポタと私の膝の上の手を濡らす。私はなんとかばれない様に俯いた。
「……だから……私は…一人で解決しようと……父様に会いに……」
「で僕に見つかったんだ?」
やっぱり沖田さんは分かってたんだと思う。こんなのズルイ。
「…さて…ここで問題です!僕は何故千鶴ちゃんが出て行った事に気が付いたでしょうか?」
「…………………………」
「はい!時間切れ!答えは僕がいつも千鶴ちゃんを見てたからです!」
――え?
私はてっきりそっと閉めたはずのドアの振動で起きたのかと考えていたから驚いた。いやむしろその答えを平然と言っている沖田さんに驚く。
「次の問題!さて僕は……………………やめた!!」
「えっ…と…あの……?」
「なんか回りくどくて……」
沖田さんは私から少しの間視線を外した。しかしまたすぐに私をじっと見つめる。
「……千鶴ちゃんは『大切な人』を守るために頑張ってたって言ったよね?」
「でも結果何も出来てないですよ……?」
「……大切な人を巻き込まないために今も僕を追い返したいんでしょ?」
「……………………はい…」
追い返したいなんて散々酷い目に合わせてるのにと私でも思う。怒鳴られるかもしれない。
「………沖田…さん…?」
しかし私の予想は外れた。沖田さんは私の答えを聞くと髪を撫でて微笑む。沖田さんは優しいのに酷い。こんな時に優しくするのは止めて欲しい。
じゃないと私はその優しさに縋ってしまう。私は私に負けないように掌をぎゅっときつく握りしめた。
「……千鶴ちゃん…僕…君の事が好きだよ……」
「え?」
私は突然の告白に思考が停止する。思わず顔もあげてしまい泣き顔が沖田さんに曝される。沖田さんはこんな時に冗談でからかっているのか。それとも私が泣いているのを気付いて慰めようとしているのだろうか。
沖田さんはまじまじと見る私の視線に気が付くと苦笑して、でもまたすぐに優しい笑顔で続ける。
「君の大切な人は僕を含めた大勢かもしれないけど……僕が大切なのは千鶴ちゃんだけ…君が好きだよ…」
「…沖田さん…?」
「君が好きだからいつも見てた…君が好きだから泣きたい時は傍にいたい……君が好きだから…一緒に戦いたい。守りたい。」
沖田さんは本気で言っているとすぐに分かった。理由は特にないけど、今の沖田さんは本気。そんな気がする。
「ど…どうして……?」
本気だと分かるのと理由を理解するのは全く違う。どうして自分の元凶を好きになるのか理解なんか出来ない。私は涙目で沖田さんに尋ねた。
「……どうして……か……最初はね…君は平助くんばっかりだし、僕の質問には答えないしイライラしてたんだけどねぇ…」
沖田さんはそう言って切なそうに笑った。なんだか困惑している様な気がする。
「…答えなかった理由が分かった途端『この子はなんて強い子なんだろう』って思った……僕とは違う強さだったから惹かれた。でも極めつけはやっぱり君が一人で研究施設に乗り込むって言った時かな?……あの時の君に反対しても無駄だって分かったから、賛成して影で守ることを提案した……その時に気が付いた。僕はこの子を守りたいんだ、好きなんだって……」
「……私を……守りたい……」
「…うん…僕は君を守りたい…」
私は皆を守りたかった。そして私は沖田さんを守りたかった。過去であれだけ苦しんだ沖田さんを今度こそ幸せにしてあげたかった。そのためには沖田さんに戦わせてはダメ。
私はそう思った時あることに気が付いた。
それは沖田さんの手を振りほどいて逃げようと思えば、例え捕まるのが当然だとしても、出来たはずだったということ。でも私は逃げ出そうとも考えなかった。
それは…


――沖田さんの傍にいたかったから……――


最期に沖田さんと過ごしたいという無意識の願望が私をここまで連れて来た。
「……私は……沖田さんを守りたくて……でも出来なくて……私は血を捧げるしか役に立たなくて…」
私は沖田さんが好きなんだと思う。だけどそれは沖田さんの幸せのために押し殺す必要があった。それもきっと無意識に。
「…私は…沖田さんの幸せのためには邪魔な存在だから……気持ちに気付かない様にしたかったんです……」
「……僕は君が好きだよ…」
そう言って沖田さんは私の頬に触れる。これは軽い誘導尋問だ。ここまで気付かされた気持ちをこれ以上どうごまかせと言うのだろう。そう…もう私の心は余裕なんか全く無かった。頬を伝った涙が沖田さんの手を濡らす。
「…私は……沖田さんが……好きです……大切なんです……一緒に生きたいんです…」
これは私の本音。言ってはいけなかった言葉。だが言ってしまった言葉はもう戻らない。私はまだ生きたい。沖田さんと一緒にいたい。それは許されない願いだと分かってる。
でも…生きたい…
「……良かった……ねぇ千鶴ちゃん……一緒に生きよう?……僕を幸せにしてよ……おいで…」
私は沖田さんの言葉通りに動いた。立ち上がり、その瞬間にぐっと引き寄せられた。そして沖田さんと私の唇が触れる。まるで壊れ物を扱うかの様な優しい優しいキス。沖田さんの唇はこの前よりずっと熱かった。首を支えてくれる手までも温かい。腰に回された手は力強く私を離さない。ぐっと引き寄せられて身体が密着する。沖田さんの気持ち、身体、全てが温かく心地好かった。
私達は出会う運命だった。きっとそれは避けられない運命。そして私達は幸せになる運命。一緒に。そう信じたい。ううん…私が沖田さんを幸せにしてあげる。
だから…一緒に幸せになろう?私達はきっとそうなる運命なんだから…この手をこの温もりをもう離したくない。私の傍にいて欲しい。欲張りだって思われてもいい。それが私の望む未来。
運命の転生(りんね)は巡り巡って、全ては幸せな未来のために……
下ろされた髪がざぁっと吹いた風に凪ぐ。月明かりは噴水の水により輝きを増し、私達を照らす。
やがて私達の唇がそっと離れた。
風が頬に当たり冷たい。
「……一緒に行こう…千鶴ちゃん…」
「…はい……」
繋いだ手はそのままに私達は家路を歩いた。





家に着くといつの間にかいなかったはずの皆がいた。
「…やっと帰ってきたな…」
ちょっと機嫌が悪い土方さん。
「お前ら何してたんだ?」
からかい混じりにニヤッと笑う原田さん。
「大丈夫か千鶴?疲れてんじゃねぇ?」
いつも私の心配をしてくれる平助くん。
「……全員揃わないと話が進まない…」
どんなときでも冷静な斎藤さん。
「ん?なんかお前顔赤くね?」
妙なところに気が付く永倉さん。
そして…
「ほら皆千鶴ちゃんを待ってたんだよ!」
私の手を握っていてくれる沖田さん。
私の中に安堵が広がる。やっぱり皆がいる今がいい。そんな毎日を守りたい。
「よし。揃ったな!いいか!この家を10時に出て研究施設に向かう!!目的は千鶴を綱道氏まで連れていくこと!!2時間でけりをつける!!」
「…え?あの!土方さん?!」
「お前は綱道氏と話がしたいんだろ?なら俺達が連れていってやる…だから一人で行こうとなんかすんじゃねぇぞ!」
そう言って土方さんは私の頭を撫でてくれた。私はその優しさを全身で受け止めるべくニッコリと笑って返事をした。

時刻は午前0時のリミットに迫っている。






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