薄桜鬼SSL 沖田さんルート

□運命の転生(りんね)O
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時は満ちた。それから沖田さんが装置を開いたのは僅か数十秒後のことだった。
扉が開いた途端に若変水を取り出したが既に時遅し。小瓶の中の若変水はほぼ装置へと吸収されていた。
ガガガガガと凄まじい音がしたかと思うと辺りは閃光に包まれる。見上げると真っ赤な満月が世界を照らしていた。
装置は動き続ける。分子レベルまで分解された若変水が円柱内を赤く染め浮遊している。
「……間に合わなかった……?」
「…………………………」
沖田さんは何も言わない。ガンッとコントロールパネルを叩いて唇を噛み締めていた。
「……………もう……終わった……千鶴ちゃん…ゴメン……君だけでも逃がしてあげたいけど……流石の僕でも回避の方法が分からないや……」
「そんな!!止めて下さい!!私だけなんてそんなの嫌です!!」
私だけが助かるなんてそんなのは絶対に嫌。助かるならば二人で。でももしそれが無理ならば私だって貴方だけは助けたい。
赤い光の分子はみるみるうちに薄くなっていく。きっとこの装置の作用で世界に広がっているのだろう。
「………ごめんね…」
沖田さんは再び謝った。
沖田さんが助かる方法……私は知っている。沖田さんだけじゃない。羅刹に蝕まれた世界を救う方法を私は知っている。そしてそれが出来るのは…おそらくこの世で私一人……
「……沖田さん……謝るのは私の方です……」
『貴方と共に生きる』私はこの約束を守れない。
「……千鶴…ちゃん?」
出来るのならば沖田さんと生きたい。貴方を幸せにしてあげたい。でも世界と引き換えに私の気持ちを優先させる訳にはいかないから。だからゴメンなさい。
「どうした…の?」
「……沖田さん……」
私は沖田さんの首に腕を掛けキスをした。触れるだけの軽いキス。
そして唇を離すと直ぐに私は持っていた刀で手首を斬る。
「千鶴ちゃん?!」
赤い血がポタポタと落ちる。でも鬼の証べく、直ぐに塞がってしまった。だからもう一度手首を斬った。再び赤い血が床を濡らす。今度は涙も一緒に溢れて床に落ちる。
「……約束…守れなくて……ごめんなさい……沖田さんだけは……幸せになって下さいね?」
私は必死に笑顔を作った。それでも涙に濡れた顔は変わらない。沖田さんは言ってる意味が分からないと言った表情をしていた。
「好きです!沖田さん!!」
それを最期の台詞に私は沖田さんが最後に押したボタンを押し、コントロールパネル自体に太刀を振り下ろして円柱の中に入った。私が入った途端閉まる扉。私を中に閉じ込めもう開くことのない扉。
「なっ?!千鶴ちゃん!!何やって!?」
私と沖田さんの間に憚(はばか)る透明な壁。
扉を開けようにもコントロールパネル自体を壊してしまったから開くはずはない。
私と沖田さんの視線が絡まる。私は涙に濡れた瞳で沖田を見つめた。
沖田さんは前にどうして自分が転生したのかって言ってましたよね?私もそれについてはずっと考えてました。記憶の大部分が戻った時から考えてたんです。そして新選組の皆さんが転生した理由はそれなりの推測が出来た。皆が転生した理由――それはきっと羅刹の悲しみ、嘆き、そして苦しみを教えるためだと思います。
でも私は?私は別に必要ないんじゃないかなって思うんです。だから私が転生したのには別の理由がある。いままでずっと分からなかった理由がさっきの沖田さんの一言で分かった。
必要だったのは私じゃない。呼ばれたのは私の血。沖田さんは私がいて良かったって言ったけれど本当に必要だったのは私の血。私の血が羅刹化を無効化するのに必須だった。それが私が転生した…理由…だから私は私のすべき事をする。
入って少しも経たないのにもう立っているのも辛い。全身の力が血が抜かれている感覚。もう沖田さんの顔が歪んで見えなくなりつつある。沖田さんは今どんな表情をしているのだろう。
「私は…私のすべきこと…を……」
この声が沖田さんに届いたかは分からない。透明な壁越しに二人の手が合わさる。
「……千鶴ちゃんだけが犠牲になる……ってこと?笑えない冗談だよ?…千鶴ちゃん……千鶴!!」
沖田さんはそう言ってドンと扉を叩く。でも刀を奮っても壊れないドア…開くはずもない。
「今度は僕を一人にするの?!」
今度……は……って…?
「僕は130年前に君を一人にした!!君は最後まで泣いてた!!その思いを今度は僕に与えるの?!」
……ごめんなさい…沖田…さん……その……思いが…分からないんです…私の記憶は完全じゃ…
「……っつ!!」
頭が痛む。耳鳴りが酷い。これは確か前にもあった。目をきつく瞑り激しい痛みを堪える。耳鳴りで沖田さんの声が全く聞こえない。
「……っつ…!?」
次に目を開けた時に見えた景色は懐かしい場所。私はこの時代を知っている。一世紀の時空を越えて。その先に見える何か。
『君に約束する。僕はもう君の血しか飲まない。』
頭の中に浮かび上がる映像。顔の無い人が見える…貴方は誰?
『もしも君が全て諦めて、願いを放り出すつもりなら――僕が君を殺してあげるよ―』
私を殺す……貴方は…沖田さん?
『君はずっと僕の傍に…』
トクン…トクン…と私の心臓の音が聞こえる。身体が熱い。
『僕を信じて、君のこと必ず守るから…』
沖田さんの傍にいるのは…わた…し…?
『僕は君が好きだよ。僕はいつだって君が好きなんだから。』
そうだ。私は…沖田さんと…私は沖田さんが好きで…沖田さんも私が好きで…それから…
考えるとキイィィンと耳鳴りの痛みが私を襲う。
『どうか忘れないで。僕はいつだって君の幸せを願ってる。』
沖田……さん……
『例えいつか離れる時がきても僕の心は永遠に君のものだ…』

……
………
…………
……………
……………………………!!
私の中の何かが弾けた。硝子が割れる様な音と共に甦る記憶。私と沖田さんの記憶の全て。
「沖田……さん…!!」
沖田さんは私の変化に驚いていた。ぼやけていた沖田さんが今は自分でも驚くほどはっきり見えている。
「嫌!!私…沖田さんと生きたいんです!!『今度こそ』一緒に生きたい!!」
さっきの私と明らかに矛盾している。自分から勝手に別れを告げて、我が儘に生きたいと告げた。そんな勝手なの許されないかもしれない。
「……そう言ってくれて良かった!」
だけど沖田さんはいつもの様に笑ってくれた。そして太刀を構える。
「僕が外側から亀裂を入れる!千鶴ちゃんは内側から!!オーケー?」
「はい!!」
私も太刀を構えた。今の状態で太刀を持つのは正直辛い。ただでさえ重い太刀が更に重く感じる。
沖田さんは刀で一筋の線をなぞった。
「標的はここね。同時に。一気にいくから!…平気?」
「大丈夫です!!」
「じゃあ…one…two…はぁぁあ!!」
二人の太刀が同時に同じ場所を切り裂く。そしてそこに出来る僅かなひび。壊れはしないけれど確かに手応えのある一刀だった。
「…っつあ…」
だが私は今ので既に限界を越えていた。もう太刀を振り下ろす力は残ってない。振り下ろすどころか持っているのも不可能で太刀は私の手をすり抜けた。その間も装置は起動し続け私の力を奪っていく。
「離れて!!」
沖田さんはそう叫ぶと同時に太刀を僅かな亀裂目掛けて突き刺した。


何かが砕ける音が聞こえた。そして訪れる静寂…
「千鶴ちゃん!!」
やがて壁もなく聞こえる本物の沖田さんの声。
ついに装置は壊れた。扉を壊した事でもう私から力を吸収しなくなった。
「…沖田……さ……」
私はふらつく足で外へと出ることを試みたが一歩踏み出した途端よろけてバランスを崩してしまった。それを沖田さんは両腕で抱き留めてくれた。
「……もう…何やってんの?……僕に心配かけさせないでよ……」
。沖田さんは優しい声色で囁いた。私はきつくギュッと抱きしめられる。
「……ごめ…んなさい…」
「…今まで生きてて1番生きた心地がしなかった……全く…こんなの初めてだよ…」
「……ごめんなさい…」
私は何度も謝った。私がしたことを許さなくてもいい。怒ってくれてもいい。
だけど…
「…嫌いに…ならないで…」
小さく囁いた。沖田さんは相当驚いた様で抱きしめていた手を緩め、私の顔を見る。そんなに見つめないで欲しい。瞳に涙が溜まる。私もじっと沖田さんの答えを待っていた。
ところが沖田さんは吹き出したかと思うとクスクスと笑いはじめた。
「…………………………」
「………あっゴメン!!馬鹿だなぁ…僕が君を嫌いになるはずないよ……好きだよ…千鶴……」
そう言って沖田さんはもう一度私を抱きしめた。途端に溢れ出す涙。私も沖田さんの背中に腕を回し抱きしめた。
その時―――
「沖田!!!!!」
金属がぶつかり合う音が私のすぐ近くで聞こえた。
「かっかっ薫?!」
「お前何やってんだ!!」
「何って?見てて分かんない?ラブシ…」
「言うな!!」
「……聞いといてそれはないでしょっ…」
「…二人共とりあえず刀納めてよ!」
「お前が沖田から離れたら納めてやる!」
薫は本当に離れるまで刀を納める気は無いようだ。私と沖田さんは顔を見合わせてとりあえず離れとこうとアイコンタクトを取った。私達が離れると薫は言った通り刀を鞘に納めてくれた。それを確認してから沖田さんも刀を納める。
「なんかもう…戦うの疲れたから良かった…」
「疲れたのは俺だ。何体の羅刹相手してたと思ってんだよ!それに…生まれ変わってまでお前に殺されたくないしな。」
「ははは!賢明だよ!」
「……いちいちムカつくやつだな!少しくらい俺を労え!どれだけ大へ…」
「良く言う…」
背後から聞き覚えがある声が聞こえてきた。
「斎藤さん!!」
「半分は俺達が倒してたじゃねぇか!!」
「……土方さんも来たんですね…」
「何か言ったか総司?!」
「何にも言ってませ〜ん!」
斎藤さんは相変わらず寡黙で、土方さんは機嫌が悪かった。後から来るのは分かっていたけれど、既に薫と一緒に戦っていたのは気がつかなかった。
「…あの…平助くん達は…」
私は姿の見えない3人が心配になって尋ねた。一緒に戦っていた沖田さんや私より早く来ていた薫が知っている訳ないから私は土方さんか斎藤さんの返答を待った。答えてくれたのは…
「傷が塞がらねぇんだけど??!!」
平助くん本人だった。平助くんはかすり傷を負ったらしくその手をぶんぶんと振りながら現れた。
そしてその後ろから原田さんと永倉さんも歩いてきた。そして私達を見つけるや否や…いや…斎藤さんを見つけるや否や口を開いた。
「斎藤!!てめぇ土方さんとさっさと中に入って外に溢れた羅刹押し付けやがって!!」
「おかげで俺が平助と新八の面倒見るはめになった…」
「そうそう!……って左之!!お前どっちの味方してやがんだ!!」
さっきまで命のやり取りしていた場所が一気に賑やかになった。なんだか屯所を思い出す騒がしさだ。きっとこんな騒がしいと…
「お前らうるせぇ!!いいか!俺達にはまだやることが学校にたんまり残ってんだよ!!余計な労力使うな!!」
土方さんがそう怒鳴った瞬間に辺りが静かになった。さすが土方さんだなと感心してしまう。あの薫もビックリしたのか黙っている。
土方さんを先頭に皆歩き出す。沖田さんも薫に引っ張り出される様にして出ていった。
皆がいなくなった室内に私一人残る。そして今は消えた父様が倒れていた前まで来てしゃがんだ。そして目を瞑り、丁寧に手を合わせた。
「父様………今度生まれ変わったら…今度こそ幸せになって下さい…」
私は立ち上がって辺りを見渡した。静寂だけが部屋に残っていた。
「……千鶴ちゃん?」
「沖田さん…」
「………………大丈夫だよ……綱道さんも今度は…」
沖田さんは私が何をしていたかすぐに分かったらしく、優しく微笑んで言った。
「……はい…そうですね…」
「…行こう?」
「はい。」
私は差し出された手を取って沖田さんの隣を歩いた。外に出て空を見上げるといつもの月が綺麗に輝いていた。風が肌に心地好い。
沖田さんが私の手をギュッと握りしめてくれていることで今生きている事を実感出来た。私達は顔を見合わせるとニッコリ笑い合い皆の後を追った。












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