薄桜鬼SSL 平助くんルート

□運命の転生(りんね)I 平助ルート
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平助くんの唇が開いては閉じる。私に言うのを躊躇っているのが分かる。
狭い空間で向かい合わせに座っている私達の間に微妙な静寂が割り込んでいた。
「……平助くん……その…無理に言わなくていいよ?」
「ちょっと待って!!………どっから話そうか迷ってるだけだから!!」
平助くんは困ってる。でも私が出来ることは今は無いから。私は黙って平助くんの言葉を待つことにした。
「……ちょっと……あー…っと…どうしよう……あっ!」
平助くんは突然何かを思い出した様にバックをあさりだした。あさるって言うほどじゃないかもしれない。なんだかあんまり中身が入っている様には見えないし。
平助くんがバックの中から取り出したものに私は見覚えがあった。思わず声が出る。
「…………似てる……」
「え?」
大きさ薄さ…似てる……風間さんから貰った封筒に――
私の手は鞄の中から開けずにいた封筒を取り出していた。それを見た平助くんの表情が驚愕に変わる。
「…それ……どこで…?!」
「………どこって…今日風間さんに渡されて……」
私は考えもせずに封筒を出してしまったことを後悔した。でも今更後悔なんかしてももう遅い。私と平助くんの手には同じ様な封筒が握られている。
「……そっか……じゃあ俺が話さなくても知ってるか……」
「ううん!!……まだ……見てないの…見てない!」
「………なんで?」
「…え…」
なんでと言われても理由なんて。だって私はただ早く平助くんに会いたくて、ただそれだけだから。
「……平助くんを待たせたらダメだと思って……」
平助くんの表情が少しだけ動いた。
言ってはいけないことは言ってないはず。それに嘘だってついてない。
「……………千鶴らしいや…」
平助くんは軽く溜息をついてから笑った。
観覧車がゆっくりと頂上に近づいて綺麗な夜景を一望出来る位置を目指す。
だけど今の私達に夜景が綺麗だとか感じてる余裕はなかった。
「………それ………開けてみなよ?」
平助くんは持っていた封筒を自分のすぐ隣に置いた。
まだ平助くんのと同じかなんてわからない。なのに平助くんはまるで中身を確信してるかの様。
でも私にそれを調べる手段はない。だから私は何も言わずに平助くんに従うだけ。
「…………………………」
平助くんは肘を足につき、手を組み顎を支えていた。その視線は一時も反らされることなく私を見ている。だからか少し緊張する。
私は丁寧に封を切り、中身を取り出す。中から出てきたのは細かい文字が並ぶ白い紙。
「…………名簿……?」
「……読んでってみな……」
私は指示通り1番上から目を通す。そしてその紙が何示すものかわかった。

『若変水と羅刹とその応用に関する研究』

小さくて目立たない見出しだったが、見間違いじゃない。間違いなくそう書いてある。
そして1番上の名前は――

『雪村綱道』

――父様だった。
「………これ…」
私は日付を確認してみる。
「ちょうど10年前……」
私は風間さんから聞いたことがある。確か父様は10年前までガンの研究をしていたのに急に消息が分からなくなった、と。
「そのまま名前見てってみろよ…」
平助くんは神妙な雰囲気を纏ったまま告げた。
私は言われた通り上から順に目を通す。どうやら五十音順に並んでいるみたい。
そして私は心当たりのある名前を見つけた。
「………山南…敬介…って…」
「千鶴も知ってる山南さんだよ。」
平助くんは「そのまま見てって…」と告げると顔を背け、地上を見る。
「………綺麗だな…」
平助くんが呟く中、私は名簿の下へ下へと視線を滑らせていく。
そして……――
「…………こ…れ……」
私は驚愕の余り言葉を失った。
でも平助くんが伝えたいことを悟ることは出来た。ただ信じられないだけ。
「…………………………」
平助くんは何も言わない。観覧車のガラス窓に右手を当てて外を眺めたまま。
「…………………っ…」
私は頭の中を整理する。一度目を瞑って、気持ちを落ち着かせて再び名簿の名前を見た。

『藤堂』

と言う名前が2名…間違いなくあった。私はこの名前の人を知っている。
「…この藤堂って……まさか…」
そんなこと問わなくてもわかってる。でも一縷の望みを手に私は平助くんに解答を求めた。
「………俺の……両親……」
「…………………………」
真実は残酷だ。こんなのってない。
平助くんの両親が若変水の研究に…父様の研究に携わっているなんて。
「…………今も……若変水の研究を?」
何か言わなくちゃと思った私が口にした言葉はこんな台詞。どうして他に何か思い付かないのだろう。
私はそんな自分がもどかしくて唇を噛み締めた。
「……………………今は……」
平助くんは言いにくそうに切り出した。自分から尋ねておいて今更言わなくていいなんて言えない。私は黙って平助くんの言葉を聞く。
「………今は……二人とも人間じゃないから……」
「…え?」
私の中に悪い予感が過ぎる。
「二人とも……羅刹……なんだ……」
平助くんは悔しそうに、泣きそうに話す。私の悪い予感はあってしまった。
「……二人ともさ…知ってんだ…俺達が羅刹で………新選組だって……山南さんから聞いたみたいで…それも俺達の記憶が戻るずっと前に……」
「嘘?!」
私は思わずそう言ってしまった。私の声を聞いた平助くんは「嘘じゃない。」と言って悲しそうに微笑んだ。
嘘じゃないなんてわかってたはずなのに…苦しい。胸が痛い。
それから平助くんは自分が持ってきた封筒からもう一枚紙を出し、私に渡した。
「……戸籍…?」
「そう……俺の……」
私は渡された戸籍を眺める。確かに平助くんの名前が書いてある。
でもこれは間違っている。私の頭は都合よくそう解釈した。
だって…この戸籍謄本には……両親の名が入ってないから…
「……なんで…」
「俺さ?昔も藤堂藩の…所謂隠し子だったじゃん?……だからかな……転生しても俺は親に見放されてるんだよ……」
平助くんは台詞とは裏腹に笑う。
だけどその台詞は笑顔は私の胸の奥を締め付けた。胸が裂ける様な痛みが苦しくて苦しくて仕方がない。
「…でも!!平助くんのお母さんもお父さんも平助くんのこと…」
「知ってるよ!!」
静かな観覧車の中で平助くんの声が響く。
間もなく私達は最上階へと上り着く。でもどうしてなんだろう。心だけは地上に置いてきぼりで昇って来てはくれない。
「知ってるから!!母さんも父さんも俺を大事にしてくれた!!だから……だから!!…………若変水の呪いなんかに巻き込みたくなかったのに……」
二人の間に沈黙が流れる。私達は重い空気を纏っていた。
「………俺は……いつも一人ぼっちになっちまうな……」
平助くんは絞り出すような声で呟いた。
辛いのは平助くんなはずなのに何故か私の瞳に涙が溜まり始める。

生まれた時から隠し子として家族を持てなかった平助くん。

御陵衛士として仲の良かった原田さんや永倉さんと離脱した平助くん。

いち早く羅刹となり『人』の世界から追い出された平助くん。

そしてそれを『一人ぼっち』と言う平助くん。
私は同情がしたいんじゃない。無理に元気出してなんて言えない。
言葉なんかじゃ伝わらない想いを伝えるために私は平助くんへ手を伸ばす。
――……お願い………そんな悲しいこと言わないで……――


……………

…………………

………………………

「…………………ち……づる……?」
私達を乗せたゴンドラは今1番上にいる。誰よりも高い場所。
そこで私は平助くんを抱きしめた。ギュッと力一杯抱きしめた。
「………平助くんは一人ぼっちじゃないよ……」
私は半分涙混じりの声で告げた。
抱きしめる腕は緩めない。平助くんは座ったままで私は立っている訳だから体重を思いっきりかけてるかもしれない。でもそれでもいい。平助くんに私の命の重みを感じて欲しい。
私は平助くんの傍で生きてるんだってわかって欲しい。
平助くんも私の傍で生きてるんだってわかって欲しい。
「……千鶴…」
「……私が傍にいるから……私が平助くんを助けるから……」
「…千鶴…俺は…」
「だから!!」
私は平助くんに言葉を紡ぐ機会を与えたくなかった。だからその前に私の思いを告げる。
「…だから……その時まで私を守ってよ……私を守ってくれるって…言ったでしょ…?」
私は顔を上げ、濡れる瞳で平助くんの瞳をじっと見つめた。
「……私は平助くんがいないとやだよ……私を一人にしないで…」
私はずるいと思う。私は平助くんの持つ孤独を一度でも味わったことがあって、それがどんなに辛いか、悲しいか知ってるのに。
それでも私は平助くんにその孤独を捨てて欲しいと願う。
私を守って欲しいと願う。
「…………………………」
「……………………っ……」
私が黙っていると急に平助くんの手が私の頭をグッと引き寄せた。
平助くんの肩に私の唇が当たる。
「………ありがとな……ホント…ありがとう……そうだよな…俺にはいつもお前がいた…お前がいたから今も昔も生きてこれた………後悔ばっかりしてた俺だけど……それでもお前がいたから……」
切なそうなに囁く平助くんの声を聞いて一粒だけ涙が頬を伝った。私も平助くんのことを抱きしめる。
私のそばにいて。
その想いを込めて。
私達は時間も忘れてギュッと体温を共有し合う。
だからなのだろうか、気が付いた時にはもうゴンドラは地上に近い位置まで降りてきている。
私達は急に恥ずかしさが込み上げてきて、お互いの視線に注意しながら封筒をしまい、入った時と同じ体形に戻った。
「………夜景………ちゃんと見れなかったな……ゴメン…」
「ううん……いいよ………平助くん……」
「ん?」
「話してくれてありがとう……」
私は平助くんの視線を捕まえてニッコリ笑った。
「…俺……お前のことは絶対に失わないからな!」
「うん!……信じてるよ…」
私がそう言うと平助くんも笑った。


やがて従業員の指示の元観覧車を降りる。
空を見上げると月が明るく照らしていた。それは遊園地のライトアップに負けないくらいの強さを持っている。私達は手を取り合って帰路に着いた。




帰りは約束通り平助くんが送ってくれた。そのおかげもあってかこんなに暗くなるまで外出していたのにも関わらず怒られることなく済んだ。
私は玄関の先で平助くんを見送る。見送るって言っても平助くんの家の玄関はここからでも十分見れるんだけれど。
「……千鶴…これ…やるよ!」
そう言って平助くんはB5サイズの可愛い封筒を渡した。
「……何?」
私は封筒の中から一枚のカードを取り出す。
「あっ!!これ!」
それはあの滝壺真っ逆さまのジェットコースターのそれも落ちる瞬間の写真。
「……千鶴待たせてこれ買ってたんだ…貰ってくれるか?」
「いいの?!」
「いいに決まってんだろ!……お前こういうの好きだと思って…」
平助くんは視線を反らして言った。
可愛いカードに挟まった写真。
ん?
良く見ると…なんだか私は堪えてるって感じが出てる。
それに手が。私と平助くんの繋がれた手がきっちりと記録されていた。
さっきまでずっと手を繋いでいたのに、なんだか写真で見ると恥ずかしさに顔がぼぅっと暑くなる。
「……気に入ったか?」
「うっうん!!勿論!!ありがとう、平助くん!!」
私は顔が赤いまま平助くんにお礼を言った。もう夜で暗いからばれてはいないと思う。
「……千鶴、今日はありがとう。じゃあ…」
平助くんはそう言ってだんだん私から離れていく。それを見た私も家の中に戻ろうと平助くんに背を向けた。
その途端――
「千鶴!!」
平助くんが私を呼んだ。
その瞬間風が私達の髪をざぁっと凪いだ。そして平助くんの唇は私に何かを告げる。声には出さず動きだけで一文字ずつハッキリと。
「…………………………」
なんて言ったのか確信はないけれど、私はニッコリ微笑んだ。

――好きだよ――

平助くんはそう告げた気がした。




夜中の病院。そこに平助の姿があった。
「…………………………」
平助の瞳に映る二つの肉体。それはもう既に人間とは呼べないもの。
「………ゴメン……俺のせいで……ゴメン……」
平助は何度も謝罪の言葉を繰り返す。ベッドに顔を埋め、泣きたい気持ちを押し殺す。
平助にとって目の前で横たわる人こそが自分の両親。血が繋がっていなくても大切な両親だ。
静かな闇の中、扉をコンコンとノックする音が響いた。ガラッと言う音と共に入ってきた相手を平助は睨みつける。
「ご両親の御加減はいかがですか?」
「…………『いかがですか』だと…?」
目の前に立つのは嘲笑を浮かべる山南。平助は立ち上がり彼に襲い掛かる勢いで声を張り上げる。
「あんたがついていたのになんで止めねぇんだよ?!山南さんは羅刹の脅威を知ってんだろ!!」
「……私は君達のことは大丈夫だと言いました……それでも若変水を飲んだのは彼らですよ…」
「てめぇ!!」
「おっと…」
殴り掛かろうとした平助に山南は銀色に光る太刀を向ける。平助は当然止まるしかない。
「……私達が刀以外で生き地を得られるとでも?」
山南は余裕の笑みを向ける。それに平助は素早く床に置いていた鞘から太刀を抜き、構えた。
「俺だって思っちゃいねぇよ…!!」
平助が刀を勢い良く振り上げる。山南との距離を詰めて。だけれどその太刀が振り下ろされることは無かった。
「……平助…」
今にも消え入りそうな儚い声で平助の名が響く。平助の身体がピタッと停止して、平助はその声の元へ駆け寄った。
「……父さん…?!」
「……やめ……なさい……お前は……今…刀なんかなくとも……十分…生きられる…っ!」
「父さん、羅刹の血が!?」
「……大丈……夫……平助…いいかい…?……お前は…人を殺めてはいけ…ない…ダメっ!だ……大丈夫…また薬が効いて…きて…眠りに落ち………」
「父さん!!」
それ以降平助の父の言葉が紡がれることは無かった。平助は父の言葉通り刀を鞘に納めた。山南はその様子を見て笑う。
「今日のところは出直します……藤堂くん…ここがいくら綱道さんが手配した個室とは言え夜中に大声は頂けませんよ…」
山南は平助にそう告げ病室を出ていった。代わりに静寂が闇を包む。
「………くそっ……なんでだよ……」
平助の瞳から大粒の涙が零れ落つ。でも今傍にいる二人が平助の涙を拭ってくれることは叶わなかった。







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