薄桜鬼SSL 沖田さんルート

□運命の転生(りんね)I
1ページ/2ページ

朝になった。けれど太陽は昇らない。
「面白いこともあるんだね…」
沖田さんは私の隣でそう言って笑った。朝日が昇らない。つまりずっと夜のままだった。月が空のど真ん中に在る様な錯覚を起こしてしまいそうだ。
「父様が動き始めた…」
私は窓ガラスに手を当て、変わり果てた世界に愕然としてしまった。
私はと言うとあれから誰もいない沖田さんの家に泊めて貰った。
理由は…
私の家も誰もいなかったから。いつもなら両親がいるはずなのに気配さえ感じない様になった。突然街から人が忽然と消えた。もしかしたら夜中からいなかったのかもしれないがあの時の私にそんなことに感ずる余裕は無かった。
沖田さんにはお姉さんがいるのでお姉さんの部屋を借りて一夜を明かした。
「おはようございます。沖田さん。」
「おはよう。」
「勝手に朝食作っちゃいました。実は昨日の夜から何も食べてなくてお腹空いて仕方なかったんです!」
沖田さんはパジャマ姿のまま私の前に現れた。薄緑色のパジャマで前が少し開けているのは実に沖田さんっぽい。対する私も沖田さんのパジャマを借りて着ていた。ブカブカだったが、お姉さんの服の在りかは知らないらしい。
「とりあえずはこれ着て?君の制服はちょっとボロボロに切り刻まれてるから着られないでしょ?」
沖田さんの両腕には服が掛かっていた。一着は沖田さんの制服。そしてもう一着は私の制服。正しくは沖田さんのお姉さんの制服。捨てるに捨てられないでいた制服だそうだ。
実は私も制服は2着持っていたはずなのだが、何故か消えていた。一体何処へ行ったのだろう。
「ありがとうございます。」
「別にもう着ないから切り刻まれても平気。でもそうならないようにしてね。」
「はい。勿論気をつけて戦います!」
「ん………………まぁいいや……もうすぐ皆家に来るから……それまでは適当に寛いでてよ。僕はちょっと周り見に出掛けてくるね!千鶴ちゃんはなるべく家にいて?」
「…あ…はい……わかりました……気をつけて下さいね…」
沖田さんが私の前から姿を消した。
皆はあとどれくらいで来るのだろう。これからの事を相談したいと言い出したのは私だ。だがそんなのは詭弁。本当は皆の身体が心配だっただけ。私は小さく溜め息をついた。
私は待っている間何をすればいいのだろう。寛いでてと言われてもこんな時に寛いで何もしないのも躊躇われる。
私はとりあえず周りを見渡してみた。沖田さんの家は洋風のインテリアに綺麗に整えられていた。なんか沖田さんっぽくなかったのでお母さんの趣味なんだろうかとかどうでもいいことばかり考えてしまう。ふと棚の上の写真に目がいった。数が多い。全部で1、2…全部で16枚の写真が綺麗に額に入れて並べてあった。これはたぶん年齢毎の沖田さんの写真。
最初の写真はまだ生まれたばかりのもの。沖田さんだとはわからない。
「わ…可愛い!!」
次の写真からだんだん沖田さんの面影が写し出されている。幼稚園の制服を着てレンジャーごっこっぽいものをしてる沖田さんの写真に思わず叫んでしまった。
それからランドセルを背負った沖田さん。小学校の運動会らしき走っている沖田さん。中学の入学式で幼くも大人びた沖田さん。そして最後は家のソファーに座り苦笑いしながら写ってる沖田さん。
これは短い短い沖田さんの成長記録。ただの人間として両親に愛され普通に育ってきた、ただの高校2年生。でもその運命は羅刹によって捩曲げられた。
『ごめんなさい…』
私が言えるのはただそれだけ。私の存在が貴方の運命を狂わせた。沖田さんは私と違って普通の人間だったはずなのに…
私はまだ写真の入ってない額を見つめた。17枚目の写真。ここにはどんな沖田さんが入るのだろう。
私がボーッと写真を見つめていると私の横から手が伸び、写真立てをパタンと倒された。驚いて振り返ると沖田さんが苦笑していた。
「あんま、見ないで…照れるよ?僕……」
沖田さんはそう言いつつ一つ写真立てを持ち悲しそうに笑った。幼い何も知らない沖田さん。
「……こんな頃もあったね……たった10年前の事なのに、130年前の方が覚えてるんだから笑っちゃうよ……」
沖田さんの笑顔は悲しかった。私はなんて声をかけていいかわからなかったからそのまま黙っていた。
二人の間に空気の壁がある。近くにいるのに遠い人。なんだかこのまま沖田さんがどんどん遠くに行ってしまいそうな錯覚がする。
「沖田さん…」
「ん?どうしたの?手…」
沖田さんはそう言って笑った。その言葉に私は視線を私の手に移す。
私の手は沖田さんの制服の裾を握り締めていた。
「ご…ごめんなさい!」
私は慌ててその手を離そうとした。
「千鶴ちゃん…」
しかしその手を沖田さんは逃さなかった。キュッと握り締められた手。
「どうしたの?」
「え…あの…いや…なんでもないです…」
「ほんとに?」
「……はい……」
「ほんと?」
「………はい!大丈夫です!!頑張って羅刹のない世界を守りましょうね!!」
ほんとじゃない。嘘。
不安で怖くて怖くて、沖田さんがいなくなることが消えることが怖くて仕方ない。
でもね…嘘をついてもいいですよね?沖田さんも嘘つくこと多いんですから。おあいこですよ。ニッコリ笑えば沖田さんでも騙されてくれますよね?
…騙されて下さい…
私のために。
「………そう…」
沖田さんと私の手がゆっくり離れる。ゆっくり確実に私から離れていく。
私がもう一度沖田さんの手を取ろうとした時だった。沖田さんの携帯がなった。沖田さんは携帯を取りディスプレイでその相手を確認してから通話ボタンを押す。
「…はい………………………じゃあ後で……」
短い一瞬の会話が終わった。たった一言。この世界中が沈黙に包まれた世界で電話など一体相手は誰なのだろう。
「………誰ですか?」
「ん?あぁ土方さんだよ。なんか皆ちょっと遅れるって!もしかしたら明日になるかも…」
「えぇ?!」
明日って言うともう時間がない。月は常に頂上に君臨している。つまり何としても月が満ちるまでがタイムリミット。悠長にしている時間なんてないはず。
「…心配ないよ…きっと皆も考えがあるんだよ…きっと…大丈夫!ね?」
沖田さんはそう言って微笑み私の頭を撫でた。
でも確かに沖田さんの言う通り皆にも考えがあるんだと思う。
「そうですね。皆なら大丈夫ですよね!」
「そうそう。例え襲われたとしても仮にも新選組の人間。簡単にはやられないよ。」
「はい。」
「そうだ!千鶴ちゃん悪いんだけどちょっと留守番頼んでもいい?今度はちょっと長くなるかもしれないんだけど…」
「え…それはいいですけど…何処に行くんですか?」
「ちょっとね…私用だからあんまり聞かないで?」
「あっごめんなさい!!」
沖田さんはちょっと困った顔をした。私は慌てて謝ったけれどその言葉では沖田さんの表情は戻らなかった。
「じゃあ……ね……」
「……いってらっしゃい…気をつけて下さいね…」
私は玄関まで見送った。沖田さんは悲しそうにだけれど笑ってくれた。
ドアが閉まる。
なんだろう…この不安…
私は妙な胸騒ぎの中沖田さんの背中をドアが閉まる瞬間まで見続けた。
私はまた一人になった。





「月が綺麗な昼間か……」
沖田は携帯を取り出し、携帯メモリの中の番号に電話をかけた。
「………あっ土方さん?……そっちはどうですか?………まぁ当然ですね…でも近藤さんが上手く仕切ってるんでしょう?近藤さんはそうゆうのに長けてるから………そうですね………でもとりあえずはこの街だけでもって配慮です………千鶴ちゃんには僕の家の留守番頼んだんで学校には行かないと思いますよ………話してません………そんなこと話したら彼女更に自分を責めますよ?…………両親の安否だけは話そうかと思ったんですが…言えませんでした…………何故って?……なんででしょうね……土方さん……僕の考え引き受けてくれてありがとうございます…僕の姉や両親もお願いしますね…殺されたら土方さんも死んでもらいますよ!……はは冗談ですって!土方さんの力量は充分分かってるんで!…………じゃあ……後のことは…お願いします………さぁ……僕は僕のすべき事をするだけです。じゃあ……」
沖田は携帯を閉じる。そして目も閉じる。昼間なのに夜の風が沖田の髪を揺らした。
「さて……」
沖田は腰の刀を抜く。銀色の刃が月明かりに照らされて一段と映えていた。だがよく見ると刀には黒光りしてる部分がある。拭き残った血の亡きがら。乾き変色した血液。
「……千鶴ちゃん……帰れなかったらゴメンね…」
沖田の呟きは千鶴には届かない。
沖田の背後から忍び寄る黒い影と土を擦る独特の音が規則的に聞こえる。
『力を使わないで下さい!!』
千鶴が叫んだ言葉。
「死んでも守らなきゃって思っちゃうんだよ……ねぇ千鶴ちゃん…死にそうでもダメかなぁ……」
刀が鞘から出される音が闇に紛れて聞こえる。





同時刻―学校。
「おいっ!!総司!!勝手に切るな!!……っくそ!」
土方は携帯を握ったまま壁を力いっぱい叩いた。
「土方副長。総司は…」
「あの馬鹿切りやがった!!ったくこっちを手伝えってんだよ!」
ここは薄桜学園の大ホール。街中の人が今ここにいる。街から人が消えた理由は全員を学校に集めたからだ。今は羅刹が街をウロウロしている。だから安全のために街中の人を一カ所に集めたい。それは沖田が土方に提案したこと。昨日千鶴が家を出てすぐその案を決行した。
千鶴が出てからにしたのは千鶴に気が付かれないようにしたかった。ただそれだけだった。これ以上千鶴に何も背負わせたくないと言う沖田の気持ちに皆賛成した。酷かもしれないとは思ったが、ちょうど月が出っ放しという超現象のため千鶴は完全に街中の人が消えたのは超現象のためと思ってしまったのだ。
「娘が!!娘がまだこの街中にいるんです!!探しにいかせて下さい!!」
「雪村さん。大丈夫です。全力で探してますのでどうかここから出ない様に…」
土方は興奮する千鶴の母をなんとか宥めようとする。だがそんなのは無駄。だからもう見張っているしかない。現在ここにいないのは千鶴と沖田の2人。つまり沖田の方も同じ様な状態。こっちは原田が必死に宥めていた。
「斎藤。お前は親の元にいなくていいのか?」
「…………大丈夫だと思います……」
「………………………お前親のとこ戻れ!心配してんぞ!」
「いえ…」
「いいから戻れ!ったく…なんか現代は動きにくくて困る!」
土方はそう言って腕を組んだ。学生は未成年故に枷に縛られる。それは至って普通のことで、文句言ってもどうしようもない。
「……皆が寝静まるまでは親元にいることにします……申し訳ありません…」
「あぁそうしろ!」
学校内は煩い。緊急避難のためとはいえ急過ぎる対応に住民は不満なのだろう。加えてこの超現象。不満に不安が積もる。
「さっさと寝ちまえ…ったく………総司……っ」
土方は二人の傍に行きたい気持ちを抑えるしかなかった。そんな何も出来ない土方を月はまるで笑っているかの様に照らす。







NEXT あとがき
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ