思イ付キ短編小説

□あまおと
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 バシャバシャと水を跳ね飛ばしながら、太晴は雨の中を駆け抜けていく。学校から出てまだ数十メートルだろうというのに、頭の先から足の先までずぶ濡れだ。バッグの中の教科書は全滅だろう。家に帰ってまた乾かさなければならない。これだから雨は嫌いなんだ……心からそう思った。
 制服が雨を吸い、体にずっしりとのしかかる。顔に張り付く前髪が鬱陶しかった。しかし、足を止める訳にもいかない。走る太晴は人通りの少ないあの通りに差し掛かった。そして――太晴は信じられない光景を目の当たりにする。

 雨の中に美雨が立っていた。

 前と同じ場所に、同じように傘を差さず、同じように立っている。何故、こんな雨の日に限って? あの日から晴れが続いていたが、その時には全然会わなかったのに。
「美雨!」
 太晴が大声で呼ぶと、声が聞こえたのか彼女は顔を上げた。また前と同じように、黒い髪を揺らしてゆっくりと顔をこちらに向ける。
「……太晴?」
 驚いたように大きな目をパッチリ見開く美雨。小さな唇が動き、ポツリと自分の名前を呼ぶのが聞こえた。
 お前はまた、何してんだ――そう言おうと口を開いたその時、太晴の体は奇妙な感覚に包まれた。
 水溜まりにバシャッと足を踏み込んだその瞬間、ふっと体が軽くなった。地面を踏む感覚がなくなる、体にかかる重力が消えた、景色が上にずり上がる、美雨の悲しそうな顔……全てが一瞬だった。

 そして、太晴の体は冷たい水の中へ沈んでいった。
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