思イ付キ短編小説

□リレー小説 2012
1ページ/5ページ

 どれほど歩いたでしょうか。あの青年の背中を追ってみたものの、村に帰れる気配はありせん。というか、どんどん森の奥に入っていきます。お屋敷があるのは港町なので、明らかに逆方向です。しまったな、と思いましたが、今さらだと思いました。当てにならないのは目の前を歩く彼より私の魔法の方なので、黙って後ろをついて行ってみます。
 というか、彼は私が後ろについてきているのに気が付かないのでしょうか? 振り返りもしなければ、気が付いたような素振りも見せません。電話で話していた、トウガラシの事で頭がいっぱいなのでしょうか。それにしても気づきません。私も影が濃い方ではありませんが、ここまで気付かれないと何かしら寂しいものがあります。しかし、声をかける気などさらさらないので、やはり黙って、静かに彼の後をつける事にします。
「……ったく、京伏見辛なんざ何処にもねぇっての。大体、何で俺があんな奴の為にトウガラシ買いに行かなきゃならねぇんだよ。俺を誰だと思ってるんだ」
 あなたは誰なのでしょう。後頭部を見つめながら思います。そういえば、電話口でもそんな呟きを漏らしていた気がしますが、彼はそれほどに高い身分なのでしょうか? 私が見る限りは、普通の姿勢のいい青年です。しかし、私の探し人のように、お金持ちの変人もいるので油断なりません。彼はもしかしたら、私などには想像もつかないようなとんでもない人なのかもしれません。
 まあ、そんな事はどうでもいいのですが。
気が付けば視界が開けていました。森を抜けたようです。目の前には町らしきものが見え、その向こうから吹く風には、町で慣れた爽やかな潮風が吹いてきます。どうやら、ここは港町のようです。青年はここに来るまでの近道として、森の中を通ってきてのでしょうか。そうだとすれば、彼についてきて正解だったようです。
 しかしながら、ここは私が暮らす港町ではなく、別の町らしいです。青年について町に入りましたが、やはり見覚えのない建物が並んでいました。少しがっかりする気持ちがありますが、何処かの町に行きついたのは救いです。こうなれば、町の人に聞くなり地図を辿るなりすれば私の住む町に戻れるでしょう。
 そんな風に考えながら歩いていると、いつの間にか青年の姿が見えなくなっていました。とはいえ、彼の行先は何となく予想が付きます。トウガラシを買いに行くと言っていたので、きっと市場に行けばまた会えるでしょう。とりあえず、まずは彼を探すところから始めようと思います。
私は辺りをキョロキョロと見回しながら、市場を探して村を回り始めました。看板らしきものはありませんが、何となく大きな道を進めばそれらしき場所に着くのではないかな、と日頃の経験と勘を頼りに足を進めます。
そして、着きました。迷うほどの事もなく、あっさりと。
 市場には海で捕れた新鮮な魚介類や、遠くの町や国から運ばれてきた野菜などが並んでいます。中には、私の住む港町の市場でも見た事のないような、珍しいものまであります。ここにあの青年の探すトウガラシはあるのでしょうか?
 とはいえ、このような大きな市場に来てしまうと、色々なものに目移りしてしまいます。やはり私も女の子なのでしょう。大きくて美味しそうな魚や綺麗な色に輝く貝を見ていると、気持ちが少し高鳴るのを感じます。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ