思イ付キ短編小説

□今日は仲直り記念日
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 ジョキン、と何かが切れる音がした。

「あっ……」
 明らかにしまった、というような声を漏らす寸々谷斬也(ズタズタニキリヤ)に、殴田刹姫(オウダサツキ)は思わず眉を顰めた。
「斬也……あんた、まさか……」
 引きつった表情で振り向くと、そこには青ざめた顔の少年が立っている。手には鈍い光を放つ鋏と、夕日に照らされ光輝く金色の髪の束。
「ま、マジでごめん、刹姫ちゃん……」
 かろうじて出てきた謝罪の言葉だが、それが彼のしでかした行為を肯定する事になってしまった。
 瞬間――
「うべぇえっ!?」
 顔面に凄まじい衝撃を受け、斬也の体が宙を舞った。背が高く体格もいい斬也が、まるで放られたボールのように、美しい弧を描いて飛んでいく。スローモーションのようにゆっくり時間が過ぎていくような気がした一方で、頭の中では今まで生きてきた十八年が走馬灯のように流れていた。
 そして、ドサッと音を立て、背中から無様に着地。その瞬間に、自分は渾身の力で顔面を殴られたのだと理解した。
 顔面を打ち抜いた拳を握り締め、刹姫はギロリと斬也を睨み付ける。腰まである長い髪が、一部左肩の辺りで不揃いになっていた。
「バカッ、最低! あんたなんかもう知らないっ!」
 金切り声を上げて走り去った彼女に、斬也は引き止める事も声をかける事もできなかった。しかし、一つだけ分かった事がある――刹姫が泣いていた。
 斬也は起き上がると、鼻の下を袖で拭った。見てみると、鼻血で真っ赤に染まっている。今までもバカをやって散々殴られてきた。しかし、こんなに強烈な拳を食らったのは今日が初めてである。
「そんなに怒る事なのかな……」
 髪は女の命、なんていうし、刹姫の綺麗な髪からして手入れもきちんとしているんだろうとは思う。しかし、何故彼女があそこまで怒ったのかが理解できなかった。悪気があった訳じゃない事は刹姫だってっているはずである。それなのに、どうして……
 髪が絡まってしまったのでその部分を切って欲しい、と刹姫に頼まれたのは、つい五分ほど前の事である。結んでいた髪を解いた際、運悪く絡まってしまったようであった。そこで斬也は筆箱から鋏を取り出し、絡まった髪を慎重に選び、鋏を近付ける。そこまではよかった。しかし、勢いよく鋏を閉じた所為で、そこら一帯をバッサリ切り落としてしまったのであった。
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