思イ付キ短編小説

□届かない愛の歌
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 どんよりと曇った空から、ポツポツと雫が落ち始めた。遠い雲から生まれた雨粒は、固い石畳にぶつかり砕け散る。
 キョータはふと手を差し伸べ、眉間に皺を寄せて空を仰いだ。
「チッ、降ってきやがったか」
 こんな空模様でも、短い散歩程度の時間なら雨は降らないだろう――しかし、そんな予想は見事に外れ、どんどん雨足は強くなっていく。あと数分もしないうちに、土砂降りの雨になるだろう。
 キョータは焦ったように駆け出し、ちょうど目に付いた一軒の店に飛び込んだ。何の店だか知らないが、暫く雨宿りさせてもらう事にしよう。
 店の扉を押し開き、乱暴に閉めると息をついた。濡れてしまった上着を脱ぎ、広げて乾かそうする。
「おやおや、久々のお客さんじゃな」
 不意に声が聞こえ、キョータは驚いて顔を上げた。そこにいたのは、腰の曲がった小さな老人。白髪だらけの頭に、口元を覆う真っ白な髭が、彼の生きてきた長い年月を思わせる。
「あーいや、別に客って訳じゃねぇんだ、爺さん。俺は雨宿りしたかっただけでよ」
「何でもいいさ、人が来てくれたのは本当に久しぶりでのう。せっかくだから、商品でも見ていったらどうじゃ?」
 商品っつったって……と、キョータが辺りを見回すと、あちこちの棚に置かれたよく分からないものが目に付いた。何の変哲もなさそうな壺、ウネウネと気持ち悪いくらいに曲がりくねった土器、大きく開いた目でこちらを見つめてくる不気味な人形……一言で言えば、怪しいものばかりだ。
「爺さん、付かぬ事をお伺いするがよぉ……ここは何の店なんだ?」
 キョータは目玉の飛び出た人形をいじりながら、店長と思しき老人に尋ねた。正直、これらのものが売れるとも、売るほど価値があるものとも思えない。ガラクタといってしまえば、まさにそうである。
「何、ここは儂が集めたよく分からんものが置いてあるだけでの。店というより、美術館や博物館と思ってくれればよい。ああ、気に入ったものがあったら持っていってくれて構わんよ」
 なるほど、本人にも分からないものが、ただ陳列されているだけらしい。なら店と名乗るな、と思うキョータ。
 しかし、どちらにしろ雨が止むまで帰れないのだ。しばらく店内を回ってみてもいいだろう。キョータはごちゃついた店を探索してみる事にした。
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