中くらいの夢

□愛縁機縁@
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ちびっこで賑わうおもちゃ売り場。たった今、ここで私は一つのミッションをこなした。テッ、テッ、テッ、テッテテッテ。BGMはミッションインポッシブルである。全然インポッシブルじゃなかったけどな。秋に発売の新作ゲームを予約しただけだけどな。
正直、予約したことよりも、そのためにザーザー降りの雨の中、えっちらおっちら家から1キロほど離れたデパートへ赴いたことのほうがミッション。近そうで微妙に離れたこの距離だとバスを使うのも偲ばれ、徒歩を選択せざるをえない。けちとか言うな。地球に優しいだけだから、エコロジーな女だから。
おかげで足元びっちゃびちゃだけどそんなこと気にならないくらい心は晴れやか。新作ゲームはよはよ。健気だなぁ私、うんうん。
予約も無事終わったのでもうこのデパートには用はない。帰ろう。あったかい我が家が待っている。
と、出口の方へ足を向けた、そのとき…。私は、見てしまったのです…。

「おままごとセットで遊ぶお兄さん怖すぎかよ」

私が見てしまったもの、それは、対象年齢が5歳程度のおままごとセットで遊ぶつり目のお兄さんの図である。ああ、ちびっ子が遊ぶ姿は微笑ましい光景であるのに…。ほら、周りのちびっ子が萎縮してしまっている。いい歳した男がおままごとセットを独占するんじゃないよ。
それも、並盛で最も恐れられている最強風紀委員長が。
まだ一般ピーポーならお母様方やお店の方が一言注意しておままごとセットを子供に譲れたかもしれない。しかし相手が並中の風紀委員長となるとそうもいかない。声をかけようものならもれなく肉体的暴力で解決させられる。触らぬ神に祟りなしなのだ。みんな見て見ぬ振りでその空間を避けて通る。賢い選択。面倒ごとは御免被る。
勿論私もそのうちの一人である。が、せっかくだ、記念に写真におさめておこう。話のネタにもってこいである。
私はポケットから携帯を取り出し、カシャッという電子音と同時に風紀委員長様を携帯におさめた。
おいおい、これ今年の面白大将じゃないか。
ー激写!巷で噂の風紀委員長、おままごとに夢中!!「ほら、美味しそうにできてるだろう。完食しなきゃ、咬み殺すよ(咀嚼的な意味で)」ーみたいな。狂ってやがる。
もちろんSNSに投稿、などといったことはしないが、暫くは元気ない時にこの写真を見て生きる力を養おう。肖像権?え?なんのこと?この町で法律とか意味あるの?え?パン一の少年が走り回る町ぞ。ただの中学生風紀委員長が牛耳る町ぞ。ダイナマイトが飛び交う町ぞ。この町の警察しっかり働け。

「ねぇ、何してるの」
「へ…」

魔王があらわれた!
たたかう
にげる ▼
迷うことなくBダッシュ。
するはずだったがそれを許してくれるような相手ではない。掴まれた肩からミシミシという嫌な音が聞こえてくる。おい、プリキュアの敵だって変身する間待ってくれるぞ。レンジャーものの敵だって逃げる隙を与えてくれるぞ。仮面ライダーは別だ。この間見たとき変身妨害してたから。待ってやれよ、イーブンの状態にしてやれよ。生身で戦うとかサイヤ人じゃないと無理。一般ピーポーは一捻りだわ。クリリンのことかああああ!!そろそろ私現実戻ってこい。

「何してるの」
「ご、ご機嫌麗しゅう…?」
「ふざけてるの?」
「滅相もございません。今日もいいお天気ですねあはは」
「土砂降りだけど。君も足元濡れてるけど、それが雨じゃないなら湖にでも飛び込んできたのかい?」

おいバカにすんな。この歳で湖に飛び込むってとんだお茶目さんかよ私は。いやお茶目でも湖には飛び込まない普通。それに湖に飛び込んだら足元だけじゃなく全身びっちゃりだわ。お、お前その格好!上着貸してやるから着とけ!!みたいなイベントが発生するわ。間違っても目の前の男とそんなフラグは建築されたくない。ふん、私が湖に飛び込んじゃうお茶目さんじゃなかったことを有難く思うんだな。だから普通湖には飛び込まない。

「いやだなぁ、湖だなんてそんな。憧れの雲雀さんに話しかけられて土砂降りだったことなのか忘れるくらい動揺しちゃっただけじゃないですかうふふ」
「憧れ、ねぇ…」

疑われている、だと…?!
私の目を見て!!こんなにキラキラした瞳が嘘をついてると言うの?!私がそんな汚れた人間に見えるの?!嘘なんかこれっぽっちもついてないわ!!それが嘘はいダウト。でも動揺したのはまじだから疑わないでほしい。疑ってる部分は恐らくそこじゃない。
雲雀さんはそれから特に何を言うわけでもなく、私を睨みつけている。いや確かに言葉では何も言ってないけどな、目が訴えてきてるよな。そんな鋭い眼でこっちみんな。その特性のせいで私は回避できなかったのかよくそ。
このまま沈黙は私が辛いので、沈黙を打破するべく話しかける。普通はお前が引き留めたからそっちから話題を提供するんだぞ。コミュ障なのかなこの人。だからすぐ拳で語り合おうとするのかな。間違った、拳じゃねぇわこいつ。金属の棒振り回してるわ。それで一方的に思いをぶつけてるんだわ。ゲスの極み。

「ところで雲雀さん、今日はパトロールですか?」
「そんなことよりも君、さっき写真撮ってただろう。僕の。音が聞こえたんだけど」

そんなことよりも?待って私混乱してる。え、一方的にしか思いをぶつけることができない、しかもそれも己の口ではなく相棒の金属の棒頼りな貴方を気遣って話題を提供したのに、その話題をそんなこと呼ばわり??これだからコミュ障は。言葉のキャッチボールをしようという気持ちすらないのか。もっとツナくんを見習え。あの子いつも敵の長い話聞いてあげてるから。健気な子だから。ちょっとおバカだけど。それでもスポンジボブが頭に住んでいそうな隣町の男のわけわからん話に耳を傾けたり、赤ん坊のマフィアごっこに付き合ってあげたり、獄寺や山本の人の話を聞かないスタンスも受け入れてあげたり、頭もじゃもじゃの話聞かないガキンチョの相手してあげたり、容赦なく食べ物をツナくんに投げつけようとする綺麗なお姉さんを受け入れ、てはないのか逃げてるな。まぁその他にもいろんな濃いメンバーをよくまとめているよ彼は。ふむふむなるほど彼こそが神か。いや、待て、彼の周りコミュ障多すぎじゃね?あと赤ん坊。ていうか私ツナくん観察しすぎ。恋じゃなくてたまたまエンカウント率高いだけだけどな。向こうが私の視界に勝手に入ってくるんだよな。横暴かよ。

「ねぇ、聞いてるの?」
「いててててて!!聞いてます聞いてます!!」
「それなら早く答えなよ。何で写真なんか撮ったの?ねぇ」
「待って待って話すから離して!話すから離して!肩もげますって!!!」

ミシミシとありえない音を鳴らしていた肩からようやく手を離してもらえ、軽く肩を回す。いてててて。これ脱臼してない?骨とか折れてたりしない?大丈夫?青血は確定だな。
もしこれで折れていたら慰謝料巻き上げてやるからな、と軽く雲雀さんを睨む。が、雲雀さんの方が目つききつすぎて思わず逸らしたよね。この人目だけで人殺せるんでない?あと視界の端で何か銀色のものが光った気がするけど気のせい。そう、気のせい。

「あーっ、と、さっきも言ったように雲雀さんは私にとっての憧れなんですよね、ええ。だからそんな雲雀さんが私の近くにいるって考えたらもう記念に写真撮るしかないと思って」
「どうだか。どうせそれ、SNSに載せるつもりなんだろう」
「いや、そんなまさか」
「別に恥ずかしいとかじゃないからね!!」
「え?え?え?」

い、いま目の前で起こったことをありのまま話すぜ…!SNSに写メを載せるなんてそんな非道なことするわけがないだろうと伝えたら、雲雀さんは突然ツンデレキャラに成り下がったんだ。何を言われてるのか分からないと思うが、俺も何をされたのか分からない。
あの皆が恐れ慄く雲雀恭弥という人間が、ツンデレだったと誰が知っていただろうか。しかもテンプレートツンデレ。略してテンプレ。そのままかよ。
それにしてもこんな漫画のようなツンデレ、現実にいたんだな。人間国宝かもしれない。
いや、待てよ、もしかして私の耳が仕事を怠って外部からの音声の変換をミスっているだけではないのか?恐怖から脳みそがバグってしまったのでは?ようし、頑張れ私の耳と脳みそ。

「ちょっと聞いてるの?」
「あ、はい、もちろん」
「別に僕はおままごとセットで遊んでたわけじゃなくて、強度を確かめてただけで、並盛での事故を未然に防ごうとしただけなんだからね!!」
「私の耳と脳仕事しろ」
「別に懐かしくってちょっと遊んでみたくなったとかじゃ全然ないんだからね!!」
「ああ、脳みそはついに仕事を放棄した」

なんだってんだよー!!!
脳みそは仕事したくないっていうのかよー!!!
目の前にいる並盛最強の雲雀さん、ツンデレオプション付きは、どうやら錯乱状態らしい。
ツンデレ言葉を変換すると、「僕は懐かしさのあまり幼児が遊ぶおままごとセットに手を出しました。反省はしているが後悔はしていない」ということか。うそつけ後悔しかないだろ絶対。

「兎にも角にも、見られたからには記憶を消させてもらうよ!」
「理不尽すぎる!横暴かよ!!」
「理不尽?そもそも君が無断で写真を撮ったからだろう?僕に非はないよ。どうせその写真をSNSに載せていいね稼ごうとしたんだろう」
「いや、だから、SNSに載せるなんてそんな非道なことしませんって」
「じゃあ何で写真を撮ったんだい?人を笑うためなんでしょ」
「いや、まさかそんな。ははは。雲雀さんがかっこいいからつい写真を撮りたくなって、ははは。ダメだとわかってはいたんですけど憧れでイケメンで抱かれたい男ナンバーワンの雲雀さんを見たら手が勝手に、ははは」

今の私の言葉を聞いて物申したい人もたくさんいるだろうが、先に言い訳を言わせてくれ。ただいま雲雀さん、涙目。
彼は彼なりに並盛の風紀委員長として、譲れないプライドがあるのだろう。それが一瞬で崩れ去るかもしれない恐怖から泣きそうなんじゃないかな。そんな姿を前にしたら全力で慰めてあげたくなるだろう?母性くすぐられるだろう?だから多少話を守るくらいは許してほしい。焦りからうっかり抱かれたい男ナンバーワンとか適当なこと言ったけど咎めないでほしい。キャラ投票でトップスリーに入るんだからあながち間違ってないでしょ?おっと失言、今の情報無しな。

「…今の話、本当かい?」
「もちのろんですよ、はは」
「ふーん…」

ふいっ、と顔を逸らした雲雀さん。な、なんと、あの風紀委員長様が照れていらっしゃるぞ!!!顔は見えないが耳が赤くなっている。良くも悪くも雲雀さんの印象変わったわ。意外とただの中学生やってんだな、この人も。なんか安心した。みんなから恐れられているような人でもおままごと手に取ったりとかするんだね、ははは。中二病なのは前から知ってたけどね。咬み殺すとかなんてギャグ?それ数年後黒歴史確定ワードだよな。中学校とは恐ろしい場所だよ。黒歴史製造工場だもんな。そういう私も中学生。

「べ、別に付き合ってあげてもいいよ」
「え、どこにですか?」
「君と」
「私と?」
「うん、そう」
「いや、だから私とどこに行くんですか」
「知らないよ…。…しいていうなら結婚じゃないの?」
「けっ…?!」

頭の中で人の黒歴史を嘲笑っていたら、相手の脳内は異世界に飛んでいた。何がどうなって私と雲雀さんの行く場所が結婚なんだよ。人生の行き先聞いたわけじゃないよ私は。そして私の人生の行き先は今の所未定である。勝手に目的地決めんな。
確かに雲雀さんは見目麗しい男の子であるが、いかんせん中身に難ありだ。イラッとするたびに金属の棒で殴りかかられたらいつか死ぬ。割と早く天国への階段をのぼってしまう。バイオレンスな旦那お断り。

「雲雀さん、私たちが目指す場所は結婚ではなく、」
「ああ、子作りの方ね…。ふん、まぁ考えといてあげるよ。まぁでもまずは彼氏彼女からのステップだから」
「誰か絆創膏持ってきてー!人一人包めるくらいの!!よろず屋助けて!!」
「何言ってるの?うるさいんだけど」
「ひょっ、すみません!」

だから!その!金属の棒!!!そんなもの人に向けてはいけません。しまえ!!
棒ならお前さん、既に立派なのが…ごめんね黙るね私ヒロイン。
それより雲雀さんと意思の疎通がとれないんだけど、何か変な電波で妨害されてる?相手日本語で喋ってる?誰か翻訳こんにゃく持ってきて。早急に。

「それじゃあ僕は帰るから。君も早く帰りなよね」
「あ、はい、さようなら。お気をつけて。ってちょっ、まてよっ!って早いわ!少しは名残惜しそうに別れろや!」

あまりにもナチュラルに帰りの挨拶されたから思わず普通に返したわ。その間に奴はエレベーターでさよならバイバイしてしまったわ。せっかく全力でキムタクの真似する芸人の真似したのに…。ちょ、待てよ…。
未だにちゃんと分かってないが、私は雲雀さんの彼女になった、ということなのか?そんなサプライズ求めてないんだけども。私今日誕生日でもないのにサプライズ仕込んだの誰だよ、今なら怒らないから出てきなさい。いや嘘、全力で土下座させる。
並盛最強の雲雀さんとお付き合いだなんてそんな恐怖体験したくないなぁ。ミッションインポッシブルだよ。私、できる仕事しかしないタイプだから。リスク高すぎるミッションとかお断りだから。

重い足取りで外に出ると、雨が止み綺麗な青空に出迎えられた。青空お前は空気読め。私の心は曇天だよ馬鹿野郎。



(あの時写真なんてを撮らなきゃよかったわ)
(シャッター音を出したこの携帯、私はお前を許さない)


2010.08.28

 

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