「おれね、おおきくなったらなまえせんせーとけっこんしゅるー!」 なるほど、ここが桃源郷。 ちびっ子というだけで無条件に可愛らしいというのに、満面の笑みで求婚するとはハートの射留め方をこの歳にして熟知しておる。末恐ろしい子……! さらには幼さからくる愛くるしさに加えて、まだ舌ったらずな喋り方など最大限に年齢を活かしている。私も見習いたいよその可愛さとあざとさと二度と戻らない年齢。 正直、職場体験は体験記録も書かなければならないし、慣れてないことをする日々だしと、第一希望のケーキ屋さんじゃないし嫌になっちゃうなあと、少し面倒に思っていた。 だが、職場体験始まって2日で、もう既にこの職いいなって思い始めてる。ちょろい。かわいらしいちびっ子に懐かれると悪い気はしない。ちょろい。 こんだけちょろいといつか運気があがる壺とか買わされるのでは。もしくは無表情で喋るウサギに、僕と契約して魔法少女になってよとか言われてうっかりなっちゃうかも。マミさんを救うことができるなら私はそれでも構わない。あのトラウマは拭えない。 「ツナずりーぞ。おれもなまえせんせいとけっこんしたいのな」 「ばっ、てめーはあきらめろ。じゅーだいめがすでにごよやくずみだ!」 「ねぇ、君たち群れすぎ。咬み殺すよ。それと…なまえ先生は僕のだ」 「クフフ、それは聞き捨てなりませんねぇ。なまえ先生は僕と結ばれる人ですよ」 やだ、みんな、私のために争わないでっ!! すまんな、私のヒロイン力が火を吹いちまったぜ。できることなら同年代の前で火を吹きたかったよ。 3回あると言われるモテ期だけれど、赤ん坊の時と幼児の時に数多のおばあちゃん達を悩殺した私には、あと1回しかチャンスはない。それをこんなところで使いたくないんだけど。大丈夫そ?私今後異性に見向きもされなさそ?涙ちょちょぎれるわ。 「うぐっ……!」 あっぶな、本当に涙出るかと思った。ついでに胃の一つや二つも一緒に出ちゃいそうだった。牛か私は。 突然の腹部への衝撃は、ちびっ子5人集が一気に腰に抱き付いてきたというもの。こういうと微笑ましい光景に思えるが、実際は光の速さでタックルしてきたからね。いけー!カビゴン!たいあたり!!死んじゃう、生身にそんなタックルされたら死んじゃう。 カビゴンでなくとも、1人に対して5人が飛びかかってきたらそれはもう圧死。密です。五密です。ソーシャルディスタンスを保ってください。 絵面はこんなに微笑ましいのに、聞こえる音はミシミシと。骨きしんでるけど大丈夫そ?早く離れて。なんなん、君ら5歳児じゃないの?実はゴリラなん??ターザンなん?? 「「「せんせいはだれとけっこんしゅりゅの/するんだ/するの/するんですか」」」 「えー……先生はみんなが好きだぞ」 正直離れてくれればもうなんでもいいが、誰か一人を適当に挙げても、みんな断っても嵐を巻き起こしてしまいそうなので、ここはみんな違ってみんないい案でいこうと思う。 無難に応えた私の発言にあからさまに不機嫌になるちびっ子が約2名。ひとりぼっちの運命(さだめ)恭弥くん。クフフクフフクフフのフな骸くん。将来が不安な2人である。将来暴力で事を解決したりしない??トンファーで暴れたり三叉槍振り回したりしない??はっ、なんだこの明確なビジョンは、うっ、頭が……。 「僕がそんな言葉で納得すると思ってるの?」 「まったくです。はっきりしないのは優しさとは違うのですよ」 「手厳しいー……」 何故私は5歳児に説教されなければならないのだ。毎日幼稚園の先生はこんな不条理さを感じているの?これに加えてモンペとも戦っているの?もう少し先生に優しくなってみんな……。先生だって人間……。忘れたらあかんで。 私だって職場体験中とは言え、中学生。嫌なことは嫌だなあとはっきり顔に出てくる年頃だ。少しは隠そうとしろよ。 しょっか、なまえせんせーはみんなのせんせーだもんねー。と、にこおっと笑顔で言う綱吉くんや、そーだな。って爽やかに笑ってる武くんを見習ってもっと私に優しく接してほしい。 隼人くんはじゅーだいめがそうおっしゃるなら、としぶしぶだが。ところでじゅーだいめってどういう意味?なんで綱吉くんのあだ名がじゅーだいめなの?入内するの?帝のご寵愛一身に受けちゃうの?月に帰っちゃうの?そんなわけない。 「謝辞が聞きたいんじゃないよ」 「そうです。謝るくらいだったら誰が旦那に相応しいか答えてください」 浮気がばれて、愛人と妻とに挟み撃ちにされている男みたいじゃないか私。確かに微妙にそれと被るものはあるけれど、浮気してないしそもそも私恋してないし。……いや枯れてませんけど?タイプの人がいないだけですけど?しっかり潤ってるから、ピッチピチだから。お肌がな。中学生だから私。 「「さあ早く」」 「えー、そうだなあ、先生はお家のお手伝いをしっかりして、いつもニコニコしてて皆と仲良しな人がいいなー」 ついでに言うとちゃんと稼いでてリードしてくれて浮気は絶対しなくて記念日とかも大切にしてくれて育児も同じレベルでしてくれて見えない家事にも気づいてくれる旦那がいいな。多い。けど彼氏じゃなくて理想の旦那なら私はそういう人がいい。 「おれ、おてつだいもしてるしにこにこだしみんなとなかよしだよ!」 「おれもだぜ」 「お、2人ともすごいねぇ」 綱吉くんと武くんが満面の笑みでそう言ってきた。天使枠の2人がいるからこの場は和やかだ。みんな見習ってほしい。誰とは言わないけど誰とは。そうだよそこの問題の2人だよ。将来黒歴史刻んでいきそうな君達だよ。 「いつも笑ってればいいってもんじゃないでしょ。それに群れるだなんて有り得ないよ」 「皆と仲良くですか。馴れ合いすぎるのもどうかと思いますが」 ぶつぶつと屁理屈をたれている。この2人はどうも言葉遣いが年相応ではない。そこらの中学生男子よりしっかりしている。それだけ親御さんが教育熱心でしっかりされた方なのだろう。この言葉遣いや彼らの落ち着き払った態度に、どうにも私と同じくらい、もしくはそれより少し上の年の人と話している感覚に陥る。勿論この話の根本、つまりは簡単に結婚しようとかそう言う突拍子もない非現実的な話をするのは、年相応なかわいらしい園児の姿ではあるが。 「先生は恭弥くんと骸くんがみんなと仲良く遊んでると嬉しいなあ」 困った私は、必殺、丸め込みの技で勝負にでた。 無理強いは良くないし、そもそも職場体験という無責任な私の立場で、絶対に周りと遊びなさいとは言わないけど。小さい頃は周りと関わることで大きく成長する面もあるから仲良くしてほしいとは思う。みんなが仲良しだったら幸せだね。私が。理想論だけどね。正直私くらいの歳になったら気の合う人とだけ遊べばいいし、合わない人と距離を置くのも大人の対応。無視はいかんがな、無視は。 「なまえ先生が何と言おうと僕は周りの草食動物なんかと群れないよ。僕にはなまえ先生がいれば他はいらないから」 「なまえ先生の望みとなれば聞き入れたいところですが、あまり周りを構いすぎてなまえ先生に寂しい思いをさせてはいけませんからね」 真剣にそう言う恭弥くんと骸くん。生まれて13年そこらだけど、そういったセリフ、漫画の中でしか聞いたことないよ私。イケメンしか言えないセリフだから2人はそのお美しいご尊顔に感謝してほしい。悔しいけど様になってるんだよ。将来有望なお顔でとても羨ましいです。世の中って不平等。 「おれはなまえせんせーのよろこぶおかおがすきだから、なまえせんせーのゆうことちゃんときくの!」 「じゅーだいめのおっしゃるとおりです!なまえせんせいはわらったかおがいちばんしっくりしますしね」 「おれもなまえせんせいのえがおがすきだからな。なまえせんせいのためならなんだってするぜ」 とりあえず今日の体験でわかったことは、小さいって正義ってことと、私のヒロイン力マジパネェってこと。 あと貴重なモテ期使っちゃったってことかな。返せ。 ぼんごれ幼稚園 (誰がなまえ先生を落とせるか勝負ですね。まぁ、言わずもな、僕ですけど) (とうとう頭沸いたのかい。なまえ先生の隣に相応しいのは僕だ) (おれもー!) (ふたりだけずるいのな) (ひばりとむくろ!じゅーだいめをさしおいてはなしをすすめるんじゃねえ) (職場体験終わるまで毎日このやりとりがあるのしんどすぎかよ…) ――― ヒロインちゃんは中1設定。 因みにこれは長編のぼんごれくらすとは全く関係ありません。ここはぼんごれ幼稚園。 2011.08.13 |