「暇だ」 仕事の最中についつい口から漏れた言葉。 あたしはカナワタウン行きのホームで受け付けをやっている。他のホームの受け付けはBPと商品の交換をするために二人体制でやっているが、このホームではあたし一人でやっている。つまり話し相手がいない。いや、さっきまではすぐ近くにいる鉄道員さんと話していたが、暇すぎて飲み物を買いに行った。 サボリである。いや、あたしの分を奢ってくれるから黙認してるけど。あれだ、共犯だから。 それにしても本当に暇だ。平日ということもあってか、人っ子一人来ない。閑散としたホームに孤独感が湧き上がる。まじで皆カナワ行けよ!いい所だよ、カナワ。古い車両にときめくだろ!! 「すみません」 「え?あ、はい」 カウンターに肘をつき、その手の上に顎を乗せているという、受け付けにあるまじき態度のところへ客が来た。やっべ、これ苦情くるべ。お客様の声に、カナワ行きの受け付けの態度が非常に悪く〜とか書かれちゃう! 慌てて体制を立て直し、マニュアル通りの言葉を発する。今更遅いとか言うなし、取り繕わないよりはマシだし! 「こちら、カナワタウン行きのホームです」 「あ、はい。知ってます」 おおふ、まさかの切り返しにお姉さんびっくりだよ。因みにマニュアルには今のセリフしか載っていない。何て不便なマニュアルなんだ。マニュアルと言えるのかも怪しいものだぞ。迷子の子の対応方とか、何か他にも載せるものあっただろうに…。そんな雑なマニュアルしか手元にないため、ここからはあたしの言葉で返さなければならない。あまり変なこと聞いてくれるなよ少年。 「失礼しました。どうされましたか?」 「僕、トウヤっていいます」 「トウヤ様でございますね」 「ちょ、様だなんて他人行儀なのやめてよ、ナマエちゃん!トウヤでいいよ」 「し、しかし…」 何このフレンドリーな子!フレンドリーショップの店員ですらここまでフレンドリーじゃないよ。…いや、でもカントーだったかどこかのフレンドリーショップの店員はすごく気さくというか遠慮がないと風の噂で聞いたことが…。まぁそれはいい。 というかそもそもお客様の名前を呼び捨てで呼ぶなんてできない。いくらか面識のある人物なら別だが、初対面の人を仕事中に呼び捨てなどできるわけなかろう。 ……あれ?初対面だよね?そういえばナチュラルに名前にちゃん付けされたけど…。いや、名札をつけているのだから名前を呼ばれること自体はおかしくないのだが、何故ちゃん付け。見たところあたしの方が年上っぽいぞ。…いや、もしかしたらこの少年、童顔なだけで実は20歳とかなのかも…! 「僕の方が年下だから気にせず呼び捨てで呼んでよ!」 はい違った。どうやらあたしより年下らしい。…あ、もしかするとこれが少年のデフォなのか。そういえばあたしの姪っ子も、あたしのことをちゃん付けで呼んでいたな。もちろん身内だからということもあるだろうが、この子らの年齢なら基本はちゃん付けなのかもしれない。納得。だとしたらこちらもそういう目線で合わせた方がいいだろう。 「えっと、じゃあトウヤくんでいいかな?」 「呼び捨てがいいんだけど…。まぁ今はそれでもいいや」 「ありがとう」 姪っ子と同じ感覚で接したらやりやすいぞ!もともとあたしも子どもが好きだしね。子どもって無条件に可愛いと思う。恐らくあたしみたいなのが親バカになるんだろうな。親バカであってモンスターペアレントにはならないぞ。モンペこわい。同じモンスターなのにポケモンは可愛いけどね!ふしぎ! 「それでナマエちゃん、今夜あいてる?」 「終電すぎくらいまではここも開いてるよ」 「そうじゃなくて。今夜、ナマエちゃんと一緒に過ごしたいんだけど」 「……」 最近の子はませている。まぁでも10歳で旅に出るくらいだもんな。そりゃ精神年齢も高くなるわ。そういえば10歳の子がチャンピオンになったとかいう話も耳に挟んだ気がする。残念ながらあたしはバトルサブウェイに勤務していながら、そこまでバトルに興味はない。なので新チャンピオンなどもあまり興味を持てず覚えていない。…あれ?チャンピオンに勝っただけでチャンピオンにはならなかったんだっけ?分からん。こんなんでよくバトルサブウェイに勤めてるよなあたし。カナワホームだけど。 いやいや、待てよあたし。姪っ子感覚で考えるならばこれはアレだ。ナマエちゃんと一緒にお泊まりするの!っていうやつじゃないか?こないだ姪っ子にせがまれて一緒にお泊まりしたぞ、実家に。なるほど、これだ、これに違いねぇ! 「ねぇ、ナマエちゃん。今夜ナマエちゃんの家にいってもいいかな?」 「お母さんが心配するからダメだよ」 「大丈夫だよ。僕、旅の途中だし」 「でもね、もし何かあったら大変でしょう?例えばあたしの家に泥棒が入っちゃった時、怖い思いしちゃうよ?」 「僕が守るよ。実力はあるんだ」 「でもね、世の中にはもっともっと強い人もいるんだよ。例えばチャンピオンやうちのサブウェイマスターとかね」 やっぱり子どもは子どもだ。井の中のニョロトノである。チャンピオンもうちの上司であるサブマスのお二人も、多くの人の憧れであり、そう簡単に倒すことはできない人物である。むしろ対峙することすら難しい。だからそのような人たちと対峙してみないうちには、自分が一番だと思ってしまうのだろう。 「あぁ、それなら大丈夫。僕、ノボリさんとクダリさん、あとチャンピオンのアデクさんにも無事勝利をおさめてるから」 なん、だと…?!ちょっと待って、我らがボスだけでなくチャンピオンにも?あれ?それってあれじゃね、10歳でチャンピオンになったっていう……。 「ね、これなら文句ないでしょう」 にんまりと笑う少年に、先ほどまで暇を決め込んでいた私の職務は精神的な面で激務となった。 とりあえずはやく鉄道員帰ってこい。 行こうよ!カナワのまち! (ただいま、ナマエ。っと、失礼しました) (…ナマエちゃん、誰?彼氏?) (え、いや、同僚だけど) (ふーん。でも呼び捨てなんだ。ふーん) (ジリリリリリ) (あ、これよりカナワ行きの電車が参ります!) (ちっ。まぁいいや、また僕がカナワから帰ってきて、ナマエちゃんの勤務時間が終わったらナマエちゃん家に行こうね) (ちょ、そんな、勝手に、) (〈ドアが閉まります。ご注意ください〉) (バイバーイ。また後でね!〈プシュー〉) (ああ、逃げたなあの小僧…) (え、俺がいない間何があったの) −−− 自分で書いといてあれだけど、鉄道員もう少しはやく帰ってこい。 2015.12.08 |