シリーズ

□山本
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普段お菓子なんてめったに作ることのないあたしも、今日この日のために昨日頑張ってフォンダンショコラ作りに奮闘した。多少歪な形のものもあるが、まぁそれはご愛嬌。
去年までは毎年ホットケーキミックスでパパッとカップケーキを焼いていた。それなのに今年はホットケーキミックスで簡単に作るのでなく、フォンダンショコラに挑戦したのには訳があって…。その、す、好きな人が居て、想いを伝えたいと決心したから。…ちょっと頑張ってみたのだ。
だがしかし、その頑張りは報われることなく終わってしまう。何故なら作ったは良いものの、渡す勇気がなかったから。人のいない時にさりげなく渡そうと考えているうちに、もう放課後。しかも部活に励んでいた生徒さえ誰一人といない。皆帰っちゃったよ。いや、友達には先に帰るようあたしが促したのだが。
そういうわけで結局フォンダンショコラをお披露目できたのは友達のみ。あ、あと担任の先生。内申や成績アップを目論んで。不純とか言うなし。
まぁそんな感じであたしのバレンタインは例年通り色もなく終わるのだ。
チョコを持ってくる際に使用した紙袋の中に、1つだけ残ったチョコ。それを見て切なくなる。友達や担任に渡したものとは少し包みの異なるそれは、うまくできたものが厳選され入っている。でも渡すことができなければ、見てもらうことや気付いてもらうことなどない。
はぁ。
そうやって思いを巡らせていると自然に口からもれるため息。ああ幸せが逃げてしまう。いや、今のあたしにはもう逃げるほどの幸せなど残っていないだろう。少々大袈裟かもしれないが、それだけあたしはこのバレンタインに強い想いを抱いていたのだ。それなのに…。
…はぁ。
またも出るため息が静かな教室にひっそりととけこみ、何だか虚しくなった。ハッピーバレンタインとはよく言うが、どのへんがハッピーなんだ。ハッピーなのって一部じゃん。あたしはアンハッピーバレンタインか。嫌だそれ。
…そろそろ帰ろうかな。未練がましく放課後になっても教室に残っていたが、そんなことしたって何も変わらないし。むしろ悪化する。あたしの精神的衛生の汚染が。

鞄と紙袋を持ち、席を立ってドアへと重い足を運ぶ。教室から出る前にちらと1つの席を見やりまたため息。はぁ。

「お、名字。まだ残ってたんだな」
『わっ!や、山本くん!』

なっ、何てことだ。山本くんが教室に来るなんて。いや、ここは彼の教室であるからおかしなことはまったくないんだけど。……。何てことだ!

「今帰るところか?」
『あ、うん』
「お、なら一緒に帰ろうぜ」
『え!?』

ちょ、何これ、どういう展開。まさかのイベント発生。びっくりだ。いや、一緒に帰れるだなんて願ったり叶ったりだけど。
……そう、実はこの人こそがあたしの想い人。

「あ、もしかして嫌か?」
『そんなわけない!帰る、一緒に帰りたい!』

って、おぉぉぉい!あたし何言ってんの。一緒に帰るの嫌じゃないよって伝えたかったんだけど。必死すぎるよあたし。もっと他の言い方があっただろうに。焦りすぎだよあたし。

「はは、そっか!んじゃあちょっと待っててな」

そう言って山本くんは教室に入り、ロッカーの方へと足を運んだ。
ははっ、って軽く笑った山本くんにほっとする。どうやら深い意味には捉えなかったみたい。よかった。

山本くんは紙袋をロッカーから出し、こちらに戻ってきた。

「よし、んじゃ帰るか」
『うん』

山本くんの持っている紙袋を軽く見やる。紙袋から少しはみ出て見えたのはピンクのリボン。またため息が出そうになるのを何とかおしとどめた。ここでため息をついてしまっては山本くんに少なからずも不快感を与えてしまうだろうから。

『山本くん、モテモテだね。それ全部チョコでしょう』
「あぁ全部チョコだぜ。別にモテモテってわけじゃねーけどな」
『いやいや、モテまくりだよ。それだけチョコ貰ったら幸せだね』
「うーん。でもオレ好きな奴からは貰えてねぇからさ」
『えぇ!』

好きな奴って何?!山本くんにそんな人いたの?!聞いたことないよ!てか、山本くん恋してたんだ。恋に疎いイメージがあったんだけどな。それか皆平等に好きって感じだし。うん、恋してるなんて意外だ。……そして切ない。失恋かよちくせう。

「オレさ、結構バレンタイン楽しみにしてたのな」
『そうなんだ』
「ああ。友達から聞いたんだけどさ、そいつと両想いみたいなんだ。だからチョコ貰えっかなって」
『そっか』

両想いなんだ。いいなぁその子は。山本くんに想われてて。羨ましい。ずるい。

「でも貰えなかったから違ぇのかもな」
『そんなことないよ。きっとその子は恥ずかしくて渡せなかっただけだよ』

好きな人の恋を応援、とまではいかないけど少しばかり励ます。辛いな。こんなことなら一緒に帰るんじゃなかった。そうしたら何も知らず純粋に片思いしてられたのに。

「そっか。恥ずかしかったのか」
『うん、そうじゃないかな』
「じゃあオレから言ったらチョコくれるか?」
『きっとくれるよ』
「そっか。ははっ、じゃあ約束だぜ」
『うん?』

約束だと?それは山本くんが好きな子からチョコを貰えるということを、あたしが保証するということだろうか。それは無理だ。山本くんの話を聞く限りでは恐らく貰えるだろうけど、こればっかりは断言できるものではない。いや、そもそも山本くんも約束だなんて軽いノリで言っただけだろうけど。

「オレさ、名字のこと好きだぜ」
『え…!……あ、いや、ありがとう』

お、落ち着けあたし。きっと好きっていうのは相談にのったことに対しての山本くんなりのお礼だろう。動揺するんじゃない。びっくりした。

「あれ、くれねぇのか?」
『ん?何を?』
「約束しただろ。オレから言ったらチョコくれるって」
『……え?』

まて、山本くんが欲しいのはあたしからのチョコか?いや違う。好きな子からのチョコだ。オーケー。…だけど今、山本くんはあたしにチョコの催促をした?あれ?つまりそれは……。そういうこと?そういうことでいいの?なら、あたしも気持ちを伝えても大丈夫なの?

『や、山本くん』
「ん?」
『これ、あたしからのバレンタインチョコです』
「…!サンキュー!」
『あの、これ、本命なの!だからあたし、その…山本くんが好き、です……』
「やっぱりオレたち両思いだったのなっ」
『う、うん!』

山本くんの頬が少し赤い。そのことに何だか嬉しくなる。あたしはきっと少しどころじゃなく、耳まで真っ赤なんだろうな。でも、山本くんも赤くなってくれてるからあまり恥ずかしくはない。
ふと、急に手に温もりが伝わる。自分の手より大きめの手に包まれ、ポケットの中に入れられた。

「名字の手、冷たいのな」
『山本くんの手はあったかいね』
「さっきまで部活で動いてたからな」
『あ、そっか。お疲れ様です』
「サンキュー」

何だかさっきまでの落ち込みようが嘘みたいに、今が幸せ。これ、夢落ちなんだろうか。やだそれ怖い。
でも、繋いだ手からは確かに温もりを感じるし、あたしの頬も熱いのだから、きっとこれは現実で間違いない。
アンハッピーバレンタインとか考えてたけど、あたしもハッピーバレンタインにできた。バレンタインには人を幸せにする、何か強い力があるのかもしれない。


(オレ、今すげぇ幸せだわ)
(あたしも。ハッピーバレンタインだもんね)
(バレンタインってすげぇのな)
(うん。山本くんとこうやって一緒にいれるきっかけになったし。すごいね)
(あぁ)


―――
最後の方、力つきた←
山本難しいな、むー。
そして甘くしたかったんですけど、なってますかねコレ…。ぬー。

2013.02.15
 

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