今オレの目の前にはかつて見たことのない食べ物がある。寝起きでまだ覚醒しきってない頭でもこれはおかしいと分かるような怪しげな食べ物が。いや、かつて見たことのない食べ物と言ったが恐らくは食パンではないだろうかとは思う。だがオレが知っている食パンとは形が異なるのだ。そいつは何故かありえないほど波打った形をしている。普通にトースターで焼いたならこんな形にはならないだろう。いったい何があった。 「なぁ、リボーン。これって…」 「見ての通り食パンだぞ。食べねぇのか」 ああ、やっぱり食パンだったのか。でも問題は食パンか否かということではない。いや、そこも十分大事な点だが。オレが気になっているのは何故食パンがこんな形になっているのかってこと。この食パンにはどのような調理課程があったのか。別に見た目はおかしくとも毒々しさはない。だからビアンキが作ったってわけではないだろう。 「これさ、誰がどうやって調理したの」 「…秘密だ」 「何でだよ!」 何か隠さなきゃいけないような調理をしたのかよ!そんな怪しげなものは食べたくない。ましてやリボーン絡みとなると命に関わってきそうだし。 「…オレ今日は朝ご飯いいや」 「いいのか?」 「うん。休日だし別に朝食ぬいたくらい何ともないし」 「…本当にいいんだな」 「な、なんだよ」 朝食をぬくと言ったオレに念をおして聞いてくるリボーン。別に朝食をぬくことはどうってことない。これまでもあったし。でもその時はこんなふうに言ってくることはなかった。そんなんじゃいざ敵に狙われた時力でねぇぞとは言われるが。 はっ!まさか今日は敵がくるのか?だからこんな念をおすように言ってきて…。それはまずい!今日は土曜日。ということは幼稚園に通っているオレの可愛い妹も休みなわけで。将来はお花屋さんになるのが夢なオレの可愛い妹は、マフィアになるための修行もしてないため非常にか弱い。だから敵なんかが来て危険なのはオレなんかでなく可愛い妹の方。…そういえばいつもはもう起きている時間だというのにまだ見ていない。まさかもう何かあったのだろうか。 オレは階段をかけあがり可愛い妹、なまえの部屋へと向かう。 「なまえ!」 「ん?おはよ、ツナ兄」 「大丈夫か?何にもされてないか?」 「なにもないよ?」 「はぁぁ、良かった」 どうやら今のところ何も起きてないみたいだ。良かった、オレの可愛いなまえが無事で。ところでオレの妹、可愛すぎて天使と見間違ったかと思った。可愛さで世界統一できそう。 「そういや今日は何で下に降りてないんだ?」 「えへへ、ちょっとね」 はにかんで笑うオレの可愛いなまえ。ああもう本当に可愛い!ちょっとね、っていうのが気になるけど。 「そっか。じゃあオレは下りるけどなまえはどうする?」 「あたしもいく!」 そう言ってなまえは飛び付いてきたので、オレはそのまま抱き上げる。ああ、もう可愛いなんて言葉じゃ表せない!愛しすぎて変になりそうだよ。いや、ちゃんと弁えてるから大丈夫だよ。今はまだ小さいからダメなんだよね。分かってる。 「しっかりつかまってろよ」 「うん!」 小さな手で一生懸命オレの首に手を絡め、落ちまいと引っ付くなまえ。幸せすぎる。ずっと抱っこしてたい。そういう仕事ないかな。なまえをずっと抱っこするだけの仕事。旦那になればいいのかな。旦那になれば毎日なまえと触れ合える。しかも仕事から帰ってきたオレに、なまえは少し照れながら、「ご飯にする?お風呂にする?それとも…あたし?」って言ってくれるんだろ。迷わずなまえを選ぶよ。でもご飯が冷めてしまう、なまえがオレのために作ったご飯が…。一体オレはどうすれば…!! 「…あ、そうだ。朝ご飯は何がいい?」 「もうたべた!…ツ、ツナ兄は?」 「まだだよ」 「そっか…」 リビングに着き、オレは自分の分の朝ご飯を用意するためなごりおしくもなまえを下ろす。さっきは食べなくてもいいやと思っていたが、もし今日敵がくるのなら腹拵えはしておきたい。さすがにあの不気味な食パンは食べたくないので、自分で新しい食パンを焼く。 「あれ、ツナ兄おなかペコペコなの?」 食パンをトースターに入れたオレを見て首を傾げながら尋ねてくるなまえ。いちいち可愛いんだから。ぺこぺこって言いかたもずるいよなあ。本当は自分の可愛さわかってるんじゃないかと疑わしくなるくらいだ。そうだったとしても可愛いことに変わりはないが。魔性の女なまえ。いいじゃないか。でもオレ以外の男は誘惑してほしくないよ。魔性の女はやっぱりダメ、取り消し。 じゃなくて。 「ペコペコってほどじゃないけど…何で?」 「だってもうパンよういしてあるのにもう1まいやいてるから」 「あぁ、これは食べれないからいいんだ」 「え…」 「なまえも食べちゃダメだぞ。お腹壊しちゃいけないからな」 誰がどうやって作ったのか分からない、異様に波打った不気味な食パン。こんなものを食べて体調を崩したくはない。し、なまえに食べさせるなんてもってのほか。なまえの目につく前に捨てておけばよかった。オレとしたことが。 「うっ…ひっく」 「え、なまえ?何で泣いてるの!」 突然泣き始めるなまえ。泣き顔も可愛い…じゃなくて! 「どっか痛いのか?」 「いや!」 「え?」 「ツナ兄いや!きらい!」 「き、嫌いって…!ちょ、何で何で?オレが嫌い?そんなっ!」 理由は分からないが嫌い発言されてしまった!どうしよう、オレなまえに嫌われたら生きていけない!なんで?なんでオレのこと嫌いなの?思春期?思春期が押し寄せてきたの??お兄ちゃんの靴下と一緒に洗濯しないでよ!なんて時期がついになまえにも訪れたっていうのか。だめだめ!そんなのダメだ!! 「もうツナ兄しらない!だいきらい!」 「だっ…!」 「うわああん!リボーン!」 「よしよし、大丈夫かなまえ。ツナは酷い兄貴だな」 え、何でリボーン?リボーンには抱き付くのにオレは大嫌い?そんな馬鹿な。何で何で?ていうか酷い兄貴ってどこがだ。オレはなまえに酷いことなんてしてないしするつもりも更々ない。なのに大嫌い?大嫌いなの?誰かと間違えてない?大嫌いなのって父さんのことじゃない?酷い息子である。 「なまえ…?」 「いや!ツナ兄しらない!!」 「うっ…」 「泣くな、ダメツナが」 「リボーン、なまえが…なまえが…!」 「うぜぇ、泣くな鼻水垂らすな気色悪ぃ」 リボーンにさんざん言われるが、それよりもなまえに拒絶される方が辛い。拒絶の理由がまったく分からないし。なまえがオレのこと嫌いなんてそんなこと有り得るの?いやないでしょ。ないない。だってオレ、なまえのこと愛してるし。もしかして気のせい?そうか気のせい…。 「ツナ、お前あの食パン食べなかったろ」 「…そりゃ、あんな不気味な食パンなんて」 「うわあああん!」 「え、えっ?」 「あのパン焼いたのなまえだぞ」 「は…えぇぇ!」 あの妙に波打った形の食パンを?なまえが? 「え、あの形は、」 「パンを焼いてジャムまで塗ったのはいいが落としちまったんだ。だからなまえは水で綺麗に洗ってもう一度焼いたんだぞ」 洗った、って食パンを?!その発想可愛い!流石なまえ。ていうかオレの為に焼いてくれたのか。…はっ!それなのにオレはなまえの愛情が詰まったパンを不気味だと貶してしまった!それか、それが原因なのか…。くそ、オレの超直感なぜ働かなかった!!役立たずめ!でも間違ってもゴミに捨てなかったことだけは本当にえらい。数分前のオレ、さらなる過ちを犯さなくてよかった。 「なまえごめん!」 「ふんっ!」 ぷいってそっぽを向いてしまった。何その仕草超可愛い!ほっぺをぷくっとふくらませるなまえ可愛いよ!ひゅー!!でもオレにはしないで!そっぽ向かないで!こっち向いてー!!ファンサ!ファンサしてよ!! 「なまえ、本当にごめん!せっかくなまえが焼いてくれたパンだもんな。オレ食べるよ。すごく美味しそうだし」 「…ほんとに?」 チラリとこっちを見ながら問うなまえ。やっとオレの方見てくれた!ファンサしてくれた!一生なまえだけを愛すよ! 「本当だよ」 「ちゃんと全部食べてくれる?」 「オレがなまえの作ってくれたもの残すわけないだろ」 「さっきとえらい違いだな」 当然だ。他の人物が作ったというのなら食べなかったが、なまえが作ってくれたのなら話は別。なまえの愛情を無下にするなんてことこのオレがするわけない!なまえの愛はまるっとオレのものだ。 「なぁ、なまえ。本当にごめんな」 「…もうおこってないよ」 「っ…」 今までリボーンに抱き付いて(いや、抱き締めて)いたなまえがリボーンを離してオレの方に来てくれた!くっ、嬉しい!オレはなまえを抱き締めてそのままなまえの愛情が込められたパンが用意してある席へと着いた。 「なまえ、せっかくだから食べさせてくれるか?」 「ツナ、お前気持ち悪いぞ」 「なっ、うるさいよ!」 「ツナ兄、はい。おおきいおくちであーん」 一口サイズに千切ったパンをオレの口元に持ってきてくれたなまえ。どうしよう可愛い。鼻血が出そう。可愛い言いすぎて可愛いがなんなのか分からなくなってきた。可愛いってなんだっけ。なまえのことだろ?なまえは可愛い。可愛いはなまえ。そういうことだ。 頭の悪さが加速している。 「あーん」 「はい、どうぞ」 パクッ。……。何て言うか…。その、いや、えーっと。 「おいし?」 ニコニコしながら聞いてくるなまえ。あの、えっと、なまえの愛情は伝わるよ! 「なまえの気持ちがすごく籠ってるの、伝わってくるよ」 「う?」 「つまり美味しくないんだとよ」 「そ、なの…ツナ兄?」 「ちが、そんなわけないだろ!おいし、うぇっ」 「……」 「……」 「……」 「うわあああん!ツナ兄のばかー!」 「なまえっ!」 ああああ、なまえが走り去ってしまった!オレから、離れていった!!無理無理無理。なまえがいない部屋でどうやって呼吸するの?無酸素だよ無酸素と一緒だよ。無理死んじゃう。 「リボーン!何てこと言ってくれるんだよ!」 「オレはお前の本心を伝えただけだぞ」 「不味いなんて言ってないだろ!はぁぁぁ、どうしよう…」 「全部食べてからなまえに謝るんだな」 「なぁリボーン。一緒に食べないか?」 確かになまえの愛はまるっとオレのものだ。けど、たまーに、すこーしくらいならリボーンくらいには分けてやらなくもない。いつもなまえと遊んでくれてるからな、すこーしだけなら、愛を分けてあげよう。パンにすると半分くらい。結構あげる太っ腹なオレ。 「なんでだ」 「…いや、一人じゃちょっと食べきれな、」 「ふえぇぇん!」 「え、なまえっ?」 どうやらドアの陰に隠れて聞いていたみたいだ。って聞いてたのか!え、耳をそばだてちゃうくらいオレの言動が気になっちゃう?オレって罪な男。大丈夫だよ、オレはなまえ一筋だから。いやだからそうじゃない、まって、誤解が生じてる!! 「ツナ兄なんてだいだいだいきらーい!もうずっとおはなししない!」 「だいだい大嫌い…!」 うわあああんと泣きながら走って行くなまえ。ドタドタと階段をかけ上がる音が聞こえるから恐らく自室へ行ったのだろう。これは相当怒っている。だってだいだい大嫌いって…。しかもずっとお話しないって…! 「うっ、ぐすっ」 「なまえに嫌われたな」 「うわあああ!」 「うるせぇぞ」 ゲシッ。思い切り蹴られたが、心の痛みはそれの比じゃないのだ。ズタズタのボロボロだ。もうダメ生きていけない。無酸素どころじゃない。地球崩壊だ。宇宙のチリとなる。オレが。 「お、そのパン食べるのか」 「…ぐすっ」 「……」 「…うっ」 「……」 どことなくしょっぱい食パンをなんとか平らげてゆっくりと立ち上がる。ちょっとまって、吐きそう。なまえの愛を吐き出すなんてそんなヘマはしないけど。いや、想像以上に波打つパン、あの…こう、口にしてはいけない直感か働いた。オレの愛もまたまだだ。 「リボーン…オレ出かけてくる」 「…あぁ」 今のままではきっとパンを平らげただけじゃ、なまえは許してくれないだろう。何か機嫌を良くするもの、買ってこないとな。それで許してもらえるかな。でもだいだい大嫌いなんだもんな。ぐすっ。……なまえの好きなものたくさん買ってこよう…。 口は禍のもと (なまえ、これプレゼント…) (くまさん!…あ、ふんっ!) (パンダさんもウサギさんも居るよ) (う…。い、いらないもん!ツナ兄あっちいって!) (あっち行って、って…。うわあああ!) (ツ、ツナ兄?) (オレ、なまえに嫌われたら、うっ) (ご、ごめんツナ兄。きらいなんてうそだよ) (ぐすっ…本当に?) (うん。ツナ兄だいすきだよ) (……!なまえっ、オレも大好き!) ((どっちが年上か分かんねぇな…)) ――― この食パンの元ネタは従兄弟たちから。年中と3才の兄弟。弟の方がパンを落としちゃって、お兄ちゃんの方は洗ったら食べれるだろうと綺麗に洗いもう一度焼いたそうです。弟の方は一口齧って残しちゃったみたいですが。この話を聞き可愛さに悶え、ネタにさせていただきました。 2012.03.01 |