私と彼は別に特別な間柄ではなく、会えば挨拶を交わす程度のただのクラスメート。どんなに周りがダメな奴だと罵ろうと、どんなに周りがすごい奴だと褒めたたえようと、私はどうでもよかった。まだ道に咲く花のほうが季節ごとに移り変わって、興味がわく。 だから今の状況もぶっちゃけどうでもいいし、できれば早く帰りたい。何で私はこんな所に来たんだ。ああ、断るのもめんどくさかったからか。うーん、帰りたい。 「オレ、みょうじさんが好きなんだ」 だからどうした。先述のように私にとっての彼の存在は道に咲く花以下のどうでもいいものだ。告白されたって、あっそ、って感じ。嫌な奴だな私。 「あんまり話したこともないけど、気付いたらみょうじさんのこと目で追うようになってて」 君の恋が始まった経緯など興味ない。語られても困る。早く用件言おうよ。帰らせてくれ。 「あ、オレみょうじさんのことが好きなんだ、って思い始めてさ」 今日の晩ご飯はなんだろうか。シチューが食べたいな。あー、お腹空いた。帰ったらお風呂入ってご飯できるまでパソコンしてそれからご飯食べて。今日は宿題なかったからすぐに寝よう。最近、夜更かしのしすぎで睡眠不足だし。ネットって怖いね。もう中毒。やめられない止まらない。 「で、良かったらオレと付き合ってもらえませんか」 『ごめんなさい。無理です』 あ、びっくりしてら。こんなに即答されるとは思ってなかったのか目が零れんばかりに見開かれてる。悪いとは思うけど、私は少しでも早く帰ってパソコンとランデブーしたいのだ。パソ時間は私の糧となる。 『もう用件は終わりだよね?』 「え、あ、うん」 『じゃ、また明日ね』 「あのさ!」 『ん?』 まだ何か用があるのか。もう帰らせてよ。帰宅部なめんなよ。いかに迅速に帰るかをモットーに日々帰ってんだぞ。 「もしかして、昔オレが京子ちゃんに告白したから勘違いしてる?」 何の。ていうか笹川さんに告白してたのか。初知り。学校のマドンナに告白したんだったら、私に告白する意味。笹川さんに断られたから代わりに選んだのだとしても、私じゃなくてもっと他に良い人いただろうに。笹川さんからの私ってランク下げすぎだろ。この人よく分からん。 「あれはもう昔の話で、今は京子ちゃんのこと恋愛的な意味じゃなく友達として好きなだけなんだ。オレが好きなのはみょうじさんだよ!」 えーと、で?それを私に言ってどうなる。私は告白を断ったのに。わけ分からん。 『もう言いたいことはない?帰っていい?』 「うぇっ?!」 うぇっ、ってなんだ。変わった驚き方ね。で、帰っていいのかな?いや、ダメでももう知らん、帰る。 「あの、みょうじさ、」 『ごめん、帰るね。ばいばい』 言葉を遮り足を進める。扉に手をかけ開けようとするが、開かない、だと?屋上の扉ってこんなに固かったの?初知り。……いやいや、これ固いなんてもんじゃないよ。押したり引いたりするけどガチャガチャと音を立てるだけで開きやしない。まるで鍵がかかってるような……。 「オレが簡単に帰すと思った?」 『……沢田くんがやったのか』 片手で屋上のものと思われる鍵を振り回す沢田くん。準備いいねこのやろう。それよりさっきとは雰囲気が違う沢田くんが気になる。なんていうか、一言で表すとあくどい。禍々しいオーラを纏ってるようなそんな感じ。二重人格なんですか。 「みょうじさんさ、オレがダメツナの頃から興味なさそうにしてたよね」 『え、うん』 「最初はよくある見て見ぬ振りなんだなって思ってたんだけど、オレが何かしらできる方面で注目されるようになってからも興味なさそうにしてたね」 『うん。興味ない』 それがなんだ。ダメツナ時代の沢田くんを助けてやらなかったことを恨んでるのか。それとも皆に慕われるようになった沢田くんに興味を持たなかったことに不満を感じてるのか。 「良くも悪くもオレに注目しない人ってみょうじさんだけだったから、気になって」 『気にするな』 皆が皆お前に興味持つと思うなよ。自意識過剰か。私は自分に関係のないことは基本どうでもいいから。別に沢田くんだけ興味がないわけじゃないし。仲良い子以外はクラスメートに興味ないのよ。うわ、嫌な奴だな私。あれ、これさっきも思った? 「気にするなって言われても、もう手遅れだよ」 ニヤリと歪んだ弧を描く口元を見てゾワッと鳥肌が立つ。一歩一歩こちらへと足を進める沢田くん。まじこっち来んな。後ろは鍵のしまったドア。横はフェンス。前は沢田くん。バッドエンドしか用意されていませんどうしましょう。 「オレ、欲しいものには手段を選ばないんだ」 それならば笹川さんはどうした。欲しいものには手段を選ばないのなら、笹川さんをそれで手に入れればいいじゃないか。 「言っただろ。オレは今、みょうじさんが好きなんだって」 『はて?私は声に出してないけど』 「みょうじさんのことなら全部分かるよ。オレが告白してる時に晩ご飯について考えてたこともね」 こっわ!何故それを知ってる。顔に出てたか?シチュー食べたいってのが顔に出てたのか?!それはいったいどんな顔だ畜生! 『ひっ!』 沢田くんが、逃げられないよう私の顔の横に手を置いた。近付いた距離に驚いてつい間抜けな声が出てしまう。 「オレと付き合ってくれたら帰してあげる」 『だが断る』 この際帰る時間が遅くなったのはもういい。晩ご飯は逃げないからね。ネット時間は、うん。今晩も夜更かしコースですね分かります。だから今更帰る話持ち出されたってへでもないよ。誰が付き合ってやるか。 「鍵持ってるのはオレだよ」 ふはは、そんな鍵一つで主導権を握ったつもりか!帰らなきゃ困るのは私だけじゃない、沢田くんもだ。つまりいつかは沢田くんも帰らねばならない時間になる。その時間まで粘ればいい話だ。鍵が開こうが開くまいがたいした問題じゃないね!私の粘り強さなめんなよ。 「早く付き合うって言わないと襲うよ」 『訴えるぞ』 そんな脅しは私には効かん。よく漫画とか小説とかで襲うよって言われたヒロインが相手の言いなりになってるけど、あれはあくまではったりであって、実際はそう簡単に襲ったりできないよね。裁判かけられるよ。 「ああ、そうだ。オレ、ある程度の犯罪はもみ消せるんだ」 『はったりでしょ。そんな嘘に騙されんわ』 「それが嘘じゃないんだな。オレ、マフィアのボスだから」 『極道の息子だったのかお前』 それは無きにしも非ず。この辺にあるヤクザって何だ。知らないよ。頭の中パニック。うおお、指つめろとか言われんのかな怖い。おとなしく付き合うか。いやでも極道の妻になれる自身なんて私無いよ。やっぱお断りだな。 『わ、私は極道なんぞに屈さんぞ!』 「オレ、イタリアンマフィアだから」 『ああそうか。嘘か』 なんだ極道じゃなかったのか。イタリアンマフィア?ハッ、そんなの信じるわけないじゃん。だってこいつの苗字、沢田だぜ。ついでに名前は綱吉だぜ。どう考えても日本人じゃないか。もっとつくならマシな嘘つけっての。 「うーん、オレ銃とか持ってないんだけど。これで信じてくれるかなぁ?」 そう言った沢田くんはポケットから手袋を取り出した。ん?ミトンって言うのかな。どっちでもいいや。だけどそれがマフィアである証になるのか?どんなマフィアだよ。ぷぷぷ。 「……これで信じてくれるか」 誰ださっき笑った奴。こいつやりやがったぞ。何か知らんが変身しちゃったよ。さっきの手袋だかミトンだかがグローブになって、頭には炎がともって。目付きも変わった。マフィアとかじゃなくって、日曜日の朝に放送するような悪と戦うヒーローって感じ。だって変身するんだもの。それとも今時のマフィアは皆、おでこに炎を灯したり変身できるんですか。すげぇな。 『マフィアかどうかは知らんが、何やらすごい奴だということは分かったよ』 「そうか」 『うん。じゃあ鍵開けてよ』 「付き合ってくれるのならな」 あら失敗。どさくさに紛れて開けてもらおうと思ったのに。やっぱりダメか。もうこのやり取り疲れた。話が進まん。つまらん。 「どうしても付き合ってくれないのなら、オレは飛び下りる」 『頭大丈夫か』 「言っただろ。オレは欲しいものはどんな手段使ってでも手に入れるって」 いや、死んだら手に入らんだろ。頭弱いのかな沢田くん。あ、そういえばダメツナって呼ばれてたんだっけ? 「付き合ってくれるか」 『断る』 「じゃあオレは飛び下りる」 そんなはったり…え?まじでか。沢田くんはフェンスへ足を進め、あろうことかフェンスをよじ登り飛び下りるスタンバイをしてしまった。正気かこいつ。 『沢田くん、人生まだ長い。私なんぞに振り回されずもっと視野を広げて生きるべきだよ。とりあえずこっち戻ってこい』 「みょうじが付き合ってくれるならな」 『くどい。ついでにいきなりの呼び捨て、萌えないぞ』 「そう、じゃあ。さよなら、みょうじ」 『え、うそうそ!待て、はやまるなって!付き合うよ付き合うって、あっ!』 飛び下りたあああ!え、コレ私が殺人犯になるんですか?え、まじで?どうしよう。先生呼ぶべき、いや、救急車?まだ生きてるかな。いや、無理だろ。ここ屋上だよ。グロテスクなことになってんのかな。いやでももしかしたらもしかするとってこともあるかもしれん。見てみよう。 |