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□TreatよりもTrickを
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「おはようノボリ。トリックオアトリート」
「はい?」

今日はハロウィン。ジャックオランタンをはじめとするハロウィンの装飾が施された街並みは、見ているだけで心が浮き立つ。我が国のいいところは、全力でこの民間行事に取り組むところだよね。このバトルサブウェイに来るまでに、いったいどれほどの家の装飾に心臓を跳ねさせられ、来たら来たでどれだけのゾンビに襲われ叫んだことか。みんなさ、ハリーポッターとかバチュルとかかわいい仮装しようぜ。一度ジョウト地方に遊びに行った時はセクシーな囚人のお姉さんとか、キュートな魔女がたくさんいたよ。なんでバトルサブウェイに来る人みんなゾンビなんだよ。しかもちょっと顔に傷いれてそれっぽくしたJKとはちがって、顔中ただれて血塗れのガチなやつ。ここにいる人みんな廃人だから?そういうところ意識してるの?なるほど。
まあ例えゾンビだらけでも、このお祭りの空気感を味わうと、全てが楽しくなってくる。そんな心の浮かれを友人と共有しようと思い、仕事中のノボリのもとを訪れた。そしてウキウキした気持ちで投げかけたトリックオアトリートに対しての返事が「はい?」だ。なみだ。

「トリックオアトリートだって。お菓子をくれなきゃ悪戯するよ」
「それは分かっておりますが。ナマエのその格好に驚いておるのでございます」
「あ、なんだそっちか」

てっきり私はこの浮かれポンチが!と罵られているのかと思った。そうじゃなくて私の仮装に対して驚きが隠せなかっただけなのね。
ノボリが驚きものの木さんしょの木になったこの仮装。製作期間は2ヶ月。仕事の合間をぬって、なんとか完成させた代物だ。この国に生まれたものとして、全力でハロウィンを楽しまなければならないと思って、取り掛かった仮装作りだが、何度制作を辞めてゾンビメイクにしようと思ったことか。私もJKみたいなハロウィンしてみたい。

「すごいでしょ、この仮装。手作りなんだよ」
「仮装って…。それはわたくしの仕事着でございますが」

そう、私の仮装姿はノボリの仕事着、サブウェイマスターの制服である。これは自分でも賞賛したくなるほどの出来栄えだよ。ウエスト下からのコートの広がりには何度イライラさせられたことか。なんでこんな作りにした。それでも諦めることなく、作り続けて今日を迎えられたこの達成感、これだからやめられねぇぜ。
でも仮装って、この世とあの世の境目がなくなってうようよしてるお化けたちの目を欺いて乗り移られない為にするんでしょ。てことはノボリの格好だと意味ないのでは?魂食われちゃう。倒すために私死神になっちゃう。美少女で死神とか取れ高すごいよ。日曜の朝9時半からの枠、これで決まりですわ。きたろうの後は私。打切り必須じゃねぇか。

「もしやそれを作る為に最近執拗にわたくしの服を借りたがっていたのでございますか」
「執拗にって私がストーカーみたいだからやめて。ちょっと貸して?ってかわいくおねだりしただけだから。そんな可愛さも無下にされたけどね」

ヒロインさながらの上目遣いで「そのコート、貸して?」っておねだりしたのに「嫌でございます」の一言で一蹴された私の気持ちよ。腹が立ったしノボリは私の心を傷つけた悪人であるのだから、そのノボリのコートを追い剥ぎするのもまた道理と羅生門の下人のように追い剥ぎをしようとしたことは内緒だ。これも失敗に終わったが。
結局目測で型紙も作って一からスタートで作り上げたこの涙ぐましい努力をたたえてほしいわ。褒美をくれ。

「あ、お菓子頂戴よお菓子。ハロウィンだからさ」
「……。わたくしの前に先にクダリのもとへ行かれてはどうでございますか?」
「行ったよ。というか後で行こうと思ってたけどさっきたまたま会ったから先にもらった」
「…!クダリは用意致していたのですか!」
「うん。今日はハロウィンだからってポケットに飴たくさん入れてたよ」

クダリという男はふわふわしているようで抜け目のない男である。私みたいなやつからイタズラを受けないように、ポケットというポケット全てに飴やチョコを入れていたのだ。トリックオアトリートと言い終わらないうちに、ピエロのようなニタリ顔でポケットからバラバラバラーッと飴やチョコをまき散らされたあの恐怖を私は忘れない。さらには内ポケットからも撒き散らそうとしたから私は二、三個飴を拾って急いで逃げた。嬉しさや驚きよりただの恐怖。…私がイタズラされた可能性が微レ存。
この屈辱、はらさずにいられるものか、と意気込んで狙ったターゲットがノボリである。そもそもノボリに見せるためにこの仮装をしてきたので最初からターゲットはノボリに変わりはないのだが。オプションとして復讐が追加されただけである。弟がした落とし前は兄がせんといけんじゃろうが。どう落とし前つけてくれるんかのぉ。ヒロインとは。

「ノボリ、お菓子持ってないんでしょ」
「そ、そんなことは…」
「こちとらネタは上がってんだよ。先ほどから目は泳ぐは冷や汗をかいてるは…。お菓子がないなら悪戯だからね」
「っ…」

ノボリが焦っている。これは珍しい。ノボリも素直だよな。こんな理不尽なこと、断ってしまえばいいのに。真面目なその性格からか、それともお国柄このイベントのルールを守りたいのか。どちらにせよ、私にとって好都合なことに変わりはないので遠慮なく悪戯をさせてもらおうと思う。

「ノボリも仮装してよ。それが悪戯の内容ね」
「か、仮装でございますか」

どんな想像をしていたのかは分からないが、仮装と聞きホッとした様子のノボリ。甘い甘いあまああい!!ビッグマムのケーキくらい甘いよノボリ!安心するのはまだ早いよ。私が海をマグマにして船を壊そうとしたらどうするのよ。それは海賊王の方、話が違う。

「じゃあノボリ、これ着てきてね」
「ずっと持っていたのでございますか」
「まぁね。本当はお昼あたりに着替えようと思って準備してたやつだから。あ、でも大きめに作ってあるしサイズは問題ないと思うから安心して」

今日一日、ずっとノボリの服の仮装でも良かったのだが、せっかくのハロウィンだから他にも仮装したくて作っていたのだ。私だってJKみたいに可愛い格好したい。そう思ってノボリの制服の片手間に作っていた、ハロウィンの定番であるあの衣装をノボリには着てもらおう。

「絶対着てね。約束だよ。約束破るなんてこと、ノボリはしないもんね。もし着なかったらこれから毎晩五分おきにワン切り電話するから」
「絶対にやめてくださいまし。では着替えてまいります」

失礼な男だ。虫けらを見るような目で見られた私の気持ちを考えてほしい。
だが、そんな顔をしていられるのもこれまで。楽しみだな。いったいどんな顔して着てくるのか。ノボリは律儀な奴だから着ないということはないだろう。きっと顔を真っ赤にして文句言ってくるんだろうな。今日カメラ持ってきてて良かった。これは一生の思い出になるぞ。写真撮ったらクダリにも見せてあげよう。…いややめだ、暫くはあいつに近寄りたくない。飴玉投げつけられるかもしれないからな。天使の顔した悪魔だよあいつは。

「…ナマエ」
「あれ、早かった、ね…。わお」

ノボリの声がしたので振り返ってみると、そこには美人の魔女が立っていた。まって、なにその展開。想像してたのと違う。違いすぎて思わず風紀委員長の口癖が出たよ。咬み殺されたいの?

「なんて格好をさせるのですか!」
「本当だよ。なんて格好だよ。似合いすぎて殺意湧いた」

私が想像していたのは、ガチムチなおっさんが魔女の服を着るという笑いどころ満載のノボリん魔女だったのに。…こいつ私より着こなしてやがる。
恥ずかしさからかとんがり帽を深く被るも、赤らんだ頬と耳は隠せていない。そして本来私のくるぶしに合わせて作られた黒のワンピースは、ノボリの背が私より幾分も高いため腿のあたりになっている。ノボリの肌は色白で無駄な肉などなく、色気が…、ってやめよう。なんだか悲しくなってきた。すね毛どこに忘れてきたんだよ、バカ。

「悪戯にもほどがあります!このような辱めをうけるとは…」
「って思うじゃん。でもダメージを受けたのは私の方だったよね。女の私より着こなされてしまったもんだから、今猛烈に自分が恥ずかしいよ。むしろ恥ずかしさを越えてむなしいわ」
「そ、そのようなことは、」
「まぁそれは置いといてだな。せっかくだから記念写真撮ろう。転んでもただでは起きないのが私のいいところ。ツーショットとノボリオンリーの写真撮りまーす」
「なっ!い、嫌でございま、」
「いや、ここまで含めて悪戯だから。断れないよ」
「そんなっ…!」
「はい、チーズ」

この写真、高く売れるのでは。サブウェイマスターの女装姿なんてお目にかかれるもんじゃないよ。私なら五百円、いや、千円だとしても払うね。まあ一万円なら買わんが。そこは買えよ。
とは言っても、売らないけどね。もちろんノボリの許可がおりないということもあるが、それ以前に私とノボリだけのステキな思い出だからね。そうステキで愉快な、ね。そう簡単には表に出さないよ。
ただ、またクダリに恐怖を植え付けられた場合は腹いせにトレインにこの写真を貼ることも視野に入れてはいるが。
もじもじしつつも着替えに行かないノボリを見て、真面目とかではなく案外その格好、気に入っているのではと不安になった私は、本日二度目の恐怖を植え付けられそうである。これはトレインに貼られる日も遠くはないかもしれない。下衆の極みか。

TreatよりもTrickを

(当分このネタでいじらせてもらうね)
(な、何故でございますか!)
(八つ当たり)
(理不尽な!)



2011.10.31
 

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