「きみたちの本気ってそんなものなの」 「それではわたくしどもに勝利することは不可能でございます」 「出直してきたら」 「少しくらいは楽しめるかと思っておりましたのに残念でございます」 なにこれ泣きそう。 49戦目で私とトウヤくんは負けた。しかし、サブマスの御二人も私たちも本気だった。それに、バトルを楽しめたから悔いはない。負けたけれどどこか晴れ晴れとした気持ちで終わろうとしてた私たちに、針のような言葉が投げられた。気持ち的には「髪の毛針!(バババババババッ!)」ってくらいの勢い。私は妖怪か。 というか、この二人ってそんな鬼畜キャラだった?21戦目の時はもっと優しかった気がするんだけど。幻? 「そういう言い方はないんじゃないですか。ドリュウズとシビルドンは倒したしアーケオスもあと少しで瀕死。だからそこまで弱くはないはずです」 ワンダフォー。よく言った。流石我らがトウヤくん。私も右に同じく。 たしかに私たちは負けた。けれどもトウヤくんの言う通り、2体倒して、一体はほぼ瀕死、もう一体も半分くらいはダメージを与えている。それはなかなかに楽しめるバトルだったんじゃないかと思うのだけども。 「そういうの負け犬の遠吠えって言うんだよ」 「あなた方くらいのトレーナーならごまんとおります」 我々の想いは粉々に砕け散った。乙女のハートは繊細なんだぞ。ガラスのハートなんだぞ。坊がないたらバァバが来るんだぞ。もっと大切に扱って。 今にも涙が溢れそうだが、カイジが、胸を張れ!手痛く負けた時こそ、胸を!って言ってたから私はそれでも尚折れないよ!!たくましい。 …ところでこの人たち、21戦目の時とはあからさまに態度が違うのは何故。 「なんでそう辛辣なこと言うんですか」 「なんでって楽しいからだよ!」 「…ん?」 辛辣なことを言うのが楽しい?ストレス発散の類か、はたまたSか。どちらにせよ、それが許されると思ってることが許されない。 よく戦ったからじゃない、彼らは勝った、故に今、その全て、人格まで肯定されている!ということなのか。肯定されてるのはその強さであって人格ではない。権力振りかざして部下にもそんな酷いこと言ってるんだろ。それはパワハラです。 「でも21戦目の時はもっと優しかったじゃないですか」 「わたくしどもは強いトレーナーが地に伏し顔を歪める瞬間が好きなのでございます」 「弱い者には興味ないよ」 21戦目は優しさではなくアウトオブ眼中。そして49戦目では視界には入れるものの、敗者に辛辣な言葉をむける。それを楽しんでいるだなんて。とんでもない性癖を。サブマスさーん、お薬出しておきますね。ラッキラッキー。 なんて冗談を言っている場合ではない。これは由々しき事態よ。なぜならあんなにかわいいトウヤくんが引いちゃってる。かわいいかわいいトウヤくんが、サブマスを見つめるその眼差しは、好色な神様を見る鬼灯様そのものだ。金棒はないけど、すごい勢いでモンボ投げつけそうな気迫だよ。やったれやったれ。 「さぁ、もっと傷ついて歪めた表情をぼくたちに見せてよ!」 「醜く涙を流しその場に崩れ落ちる姿を見せてくださいまし!」 「「……」」 怖すぎない?グレゴリーホラーハウスに迷い込んだかな?試しにSAN値チェックしてみる?秒でゲームオーバーだよ。このトレインに乗ったのは間違いだった。ここがこの辺一帯唯一の鉄道だなんて。イッシュ鉄道業界は見直して、人員見直して! 「ナマエちゃん、帰ろう」 「そうだね」 私とトウヤくんは言葉にできない思いを抱く。SAN値回復には帰る一択。帰宅を余儀なくされた私たちは電車をいそいそと降りる。韻踏んでる。yo-yo、カツラップ。頭の中でふざけすぎだぞ私。 兎にも角にも、すでに終点に着いていてよかった。あと1分でも長く乗っていたら人を信じられなくなるところだったよ。もうすでに手遅れ感あるけど。また私は、救えなかった、、!私自身をな。 「どこへ行くのでございますか!」 「まだ足りない!もっとぼくたちを楽しませてよ!」 高らかに叫んだ2人も、私たちに続いて電車を降りる。道化師のような表情の読めない顔でこちらを追いかけてくる2人に、青鬼のような恐怖を覚える。リアル脱出ゲームやん。あなたは道化師たちの手から逃れられることはできるのか。無理ゲー。 「ナマエちゃん、逃げよう!」 「うん!」 ここで始まる、私とトウヤくんの愛の逃避行。手を取り合い走る私たちは、さながら恋愛映画のワンシーンのようで…。次回、駆け落ち先にサブマス。バッドエンド回避不可避。トラウマになるわ。 「ここは走っちゃダメなんだよ!」 声を張り上げ注意をするクダリさん、が、新幹線のような勢いで走り寄ってくる。それ、痩せたーい、って言いながらケーキ食べてる女子と同じだから。自分を見つめ直して。そして反省して。これまでの罵倒を。人権侵害、名誉毀損、絶対に許さない。 「必死に逃げようと怯え無駄に足掻く姿にも心惹かれますが、できればわたくしどもの目の前で怯えてくださいまし」 見てほしい、この今にも人を殺せそうなトウヤくんの顔を。リング争奪戦の時のザンザスみたいな顔だよ。かっ消される。ただ、そんな姿でも輝いているのはトウヤくんがイケメンだからか、手を繋いで走っていることでうっかり私の中の乙女が顔を出したからか。ドキドキで壊れそう1000%ラブ。いやまじで。心臓壊れそう。走るのしんどすぎない?トウヤくんなんでそんな涼しい顔して走れるの?それが若さ…?私が失ったものよ。 「いい?駅から出るまで絶対止まっちゃダメだよ」 「もちろん」 トウヤくんの言葉に激しく頷く。しんどいことにはしんどいが、捕まれば最後。生きてることを後悔しそうなほど蔑まれるだろう。それに比べれば地上まで走るのなんてお茶の子さいさいさ。ごめんそれは盛った。もう既に諦めそう。明日の予定は筋肉痛が割り込んでくる。 「ねぇ止まってよ!」 「まさか追いかけられることがお好きなのでしょうか。あなた方はマゾヒストでございますね」 「ぼくたちはMじゃないです!」 「じゃあドMなんだね!」 「ちがう」 「嘘などつかぬともわたくしどもには分かります。あなた方は追い込まれたり蔑まれたりして快感を得るのでございましょう!」 まさか見えてるものが違うの、私たち…?もうちょっとさ、見えないものを見ようとせず、目の前のありのままの私たちの姿を捉えてほしい。望遠鏡のぞいてる暇じゃないよ、どちらかといえば雪の城に向かって。ありのー、ままのー。どんなに追い込まれても茶番はやめられない。それが私のいいところであり、人間性が壊滅的な原因でもある。短所でしかない。 そんなことよりはやく逃げたい。 「あ、ナマエちゃん!もうすぐ出口だ、げっ!」 「うわっ」 「皆様その御二人でございます。捕まえてくださいまし!」 「「「はい!」」」 圧巻。数人の鉄道員さん達がこちらへ向かってきている光景は。みんなそれでいいのか。あなたたちはそんなことがしたくて鉄道員になったわけじゃないだろう。やっぱり早急にサブマスの人員見直そう。 前は駅員さん、後ろは御二人。横は壁と線路。もう逃げ場はない。ここはバトルサブウェイだぞ。ポケモンバトルで勝負しろよ!!したわ。負けたわ。思い出させんな。 「つーかまーえたっ!」 「捕まえましたよ」 クダリさんとノボリさんに羽交い締めにされた私たち。ゲームオーバーだよ、ポケモンなのに。現実にはリセットボタンないからな。リセットさんもそう言ってたろ。代を重ねるにつれ首切られてたけど。リセットさんいいやつだったよ。 現実逃避をしている間にも、私はノボリさんに、トウヤくんはクダリさんに引きずられ先ほど降りた電車へリターン。その間でも離さないトウヤくんの手は温かくて大きくて安心させてくれる、そんな手です。乙女な私が顔だしたどころか全身でアピールしてくる。でもそんな場合じゃない。 「ですから逃げても無駄と申しましたのに」 「ぼくたちの手中で逃げ回るきみたちはすっごく面白かったよ」 「ええ、とても滑稽でいらっしゃいました」 これからこんな調子で貶められるのだろうか。心を閉ざしてしまいそうだよね。…明日が見えません。真っ暗です。そもそもなんで私たちは捕まったのだろうか。これが暇つぶしとかだったら絶対に許さない。絶対にな。 後日、この日はライモンシティ各所でイベントが重なり、バトルサブウェイには閑古鳥が鳴いていたことをジャッジさんに聞いた私たちは、暇を弄ぶサブマスらの遊び、に巻き込まれていたことを知る。それから一週間死ぬ気でポケモンを鍛え上げ、サブマスに再挑戦し、コテンパンにするのだが、それはまた別の話。 本日勝率ゼロ (バトルは負け、逃げるのも失敗、メンタル面も耐えられない) (ナマエちゃん、ぼくもし無事に帰れたら人の温かみにふれたいな) (やめて!死亡フラグ勝手に立てるのやめて) (2人ともうるさい) (どうせ声を張り上げるのでしたらもっと悲痛な声をあげてくださいまし) ((…)) |