「ねぇ、何がそんなに楽しいの?」 「え?」 この子は何を言ってるの?ぼくは別にこれといって何かをしているわけではない。楽しいことをしていない。ただトレイン内で座っていただけ。なのに何が楽しいのか聞かれても困る。 「別にぼく楽しいことしてない」 「じゃあ何で笑ってるの。ずっとその貼り付けたような笑みじゃない」 「?」 貼り付けたような笑み?ぼくはそんな顔してるの?そんなはずない。ぼくは純粋に笑ってるよ。 「自然な笑いだよ」 「…そう。でもあたしはその笑みは嫌いだわ」 …嫌い、?ぼくのこの笑顔が?何で。何がそんなに不快なの。みんなぼくのこといつもニコニコしててステキだねって言ってくれるよ。なんかこの人嫌な感じ。 「何でこの笑顔が嫌なの?」 「張り付けられた笑みに魅力なんて感じない」 貼り付けてなんかない。これがぼくの自然体だ。小さな頃からずっとそう。ノボリとぼくの二人は話し方も好きな色も表情もぜーんぶ対。かたい表情と捉えられがちなノボリに対して、ぼくの顔は笑顔に捉われがち。この人もきっとそう。ぼくの表情を勝手に貼り付けた笑みだなんて揶揄して。 「きみさっきから文句ばっかり。ぼくにどうしろって言うの」 「笑いたい時にだけ笑えばいいじゃないの」 そんなことは分かってるしそうしてるつもり。失礼かもしれないけどこの子おかしい。言うまでもなく、この人もぼくに失礼な態度だけど。 「きみ、へんだよ」 「…そう、ね。でもあなたのせいよ」 ぼく?ぼくはこの子に会ったの今日がはじめてなのに。なんかこの人のこと苦手。纏う空気とちぐはぐな話。ぼくを見つめて話しているのに、ぼくに話しかけていない感じがする。さっきから腰につけているぼくのモンスターボールがカタカタと揺れているのも気になる。やっぱりこの人変。 「人のせいにするの良くない」 「……。あなたはいつも笑顔で、その笑顔が惜しげもなくさらされているから。みんな平等に与えられる笑顔だから」 なに?言ってることの意味分かんない。ぼくはサブウェイマスター。来るお客さんみんなに幸せになってほしい。みんな平等に。だからみんなにスマイル。そんなの当たり前。 「どういうこと?」 「あなたの中であたしは大勢いる挑戦者の1人としてしか見られてないってこと」 う、ん。そうだけど。そりゃ特別熱いバトルをするお客さんには、たしかにちょっと肩入れしちゃう。し、度を超えた関わりはもたないけど、バトルについてポケモンについて、いろんな話を聞きたいと思っちゃう。けど。 「それがなに?」 「ずっと思ってた。あなたを笑顔にさせられるのがあたしだけならいいのにって。みんなと同等に向けられた笑顔なんて嫌。特別が欲しい」 それはぼくのこと好きってことなのかな。たまにいる。告白しにくる挑戦者。好意自体は嬉しいしありがたい。けど、挑戦者はあくまでお客さん。恋愛的な特別な感情はもたない。 「ぼくのことが好きなの?」 「ええそうよ。好きよ愛してる。だからみんな平等の笑顔に納得いかない」 お客さんというだけじゃなく、こういうのぼくには重い。ぼくはお客さんはみんな大切。 「気持ちは嬉しい。でも君も他のみんなと同じ、挑戦者だから」 「だから同じ笑顔しか向けてくれないの?別に笑顔じゃなくてもいいのよ。その口元が歪む顔でもいいの。…むしろそっちのほうがいいわ。だって誰もその顔を見た事ないんですもの。あたしだけの特別」 ゾクッ。やっぱり、やっぱりこの人変。怖い。逃げなきゃダメ。でもまだトレインは動いてる。逃げ場はない。ぼくには頼もしいパートナーポケモンがいるから、いざという時は他のお客さんに迷惑がかからないようにするためにも、攻撃は辞さない。けど、そんなことをしても効かないのではないか。物理的に押さえ込んでも、そのあとの方が怖そう。反発したぼくになにをしてくるかわかったもんじゃない。それだけじゃ解決しない。もっと根本的なものをどうにかしないと。 「何をしたら表情を歪めてくれるかしら…。縛り付けようか、傷つけようか、大切なものを壊そうか。…ああ、悩むなら全部試せばいいわね。縛って、傷つけて、あなたの目の前で片割れを殺しましょうか」 「何いってんの!そんなのダメ!ノボリは関係ない!」 ぼくでも対処できない、恐ろしいことをやりそうな恐ろしさ。ぼくには想像もつかない残忍なことを平気でやってのけそうな恐ろしさ。歪んだ愛情の矛先がぼくに向けられているようで、そうじゃない。だってこの人、ぼくのこと見つめてるけど見ていない。虚ろな目。嫌だ、気持ち悪い。どうしようどうしようどうしよう。 「ああ、今少し表情を歪めたわ。言っただけでそれなら実際に行動にうつした時には最高の表情をしてくれるわね。ふふ、楽しみ。とても楽しみだわ!」 はやく逃げたい。でも逃げてしまえばノボリが危ない。トレインは動いてる。でももうじき次の停車駅に着いてしまう。誰でもいいから助けて。いっそぼくもろともこの車両を攻撃してくれたら。だめ、そんなの他の車両の駅員だって、ぼくのポケモンたちだって怪我しちゃう。どうすれば。 「あなたのその白い服が真っ赤に染まる姿も見たいわ。その姿もあたしだけの特別。だってこれまでに見たことある人はいないでしょうしこれからも見ることの出来る人はいない。あたしだけの特別ですもの」 電車が止まる。扉が開く。ぼくはまだ決断できていない。 腰にあるモンスターボールを撫でる。 どうするのぼく。どうしよう。でももうこれしか…。 「さあ、あたしに特別をちょうだい?」 首を傾げながら伸ばされた手。ぼくはモンスターボールをそっとはずす。のばされたその手に捕まったぼくは、視界の端で捉えた暗闇へ伸びる線路にただただ怯えた。 狂気の行方 (ニタリと笑った彼女は、ぼくを闇へと葬った) ーーー 自分が捉われ死ぬのを選ぶか 彼女を攻撃するも、今後なにをされるかわからない恐怖を選ぶか 2012.03.23 |