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□偽りの話
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「ナマエせんぱーい」
「……」
「あれー、聞こえてないんすか?」

否、バッチリ聞こえている。背中に投げ掛けられた声を聞いただけでその主が分かったため、聞こえてはいるが聞こえていないふり。早い話が無視。私は彼が好きじゃない。私のことを先輩と呼んでいるように彼は一つ年下である。だが先輩とは名ばかりで、これまで一度も敬意をはらわれたことはない。むしろ毎日私へ嫌がらせの玉手箱を送り続けてくるようなことばかりだ。そんな人とはできるだけ関わりたくないというのが本音。だから無視だ無視。触らぬ神に祟りなし。

「ナマエせんぱーい!」

聞こえない。私は宇宙の一部であり、宇宙は私の一部だ。って銀さんも言ってた。私は宇宙を感じる壮大なスケールの中生きているため、いち学生の声なんて聞こえるはずがない。彼の声は蟻の声も同然。

「へぇ、無視っすか。せっかく落とし物拾ってあげたんだけどなー。いらないんすね、コレ」

聞こえな、え、まってしっかり聞こえた。私何か落とした?何を…。コレってなんだよコレって。固有名詞使おうよ。でないと振り返らないといけないじゃないか。…いや、待てよ。もしかしたら振り向かせるための罠かもしれない。でも本当に落とし物を拾ってくれてたとしたら返してほしいし。なんだよ、夢と希望でも落としたか?もしくは金。金なら3倍の値段にして返してもらおうか。おうおうにいちゃん、落とした額と合わねぇんだわ、お宅、とったんちゃいます?きっちり耳揃えて返してもらおうか!って。どう考えても私のほうが嫌な奴。スケールちっちゃいわ。

「いらないんならコレ、読み上げちゃいますねー」

読み上げる?てことは金じゃなかったか、残念。夢と希望のほうがまだ可能性があったか。そんなわけ。
冗談はさておき、読み上げるということは何かしらの文章であって。しかも恐らく、普段学校に持ってきているようなノート類ではない。読み上げられても別にあたしは屁でもないからね。いや待てよ。数学の時間おなか痛すぎて、この世の全てを恨んだような呪の言葉を綴っていたかもしれない。授業終わるまで残り10分という微妙なタイミングで、トイレに行くのも躊躇われたあの時。この時ほど一日が24時間であると気づいた者、授業時間を設定した者、時間という概念を生み出した者を恨んだことはないよ。とは言え、そんなピンポイントな呪詛を見つけられるか?この男が。普通数学のノートが落ちていても、外に名前が書いてあるんだから中読まないだろう。気にならないよね数式や公式なんて。いやいたわ一人。隣のクラスの緑頭のあの人は数式大好きで有名だったわ。その感覚私には分からない。ガリレオなの?まあ、彼なら数学のノートの中身を見るかもしれないが、ヒビキくんは別に気にも留めないだろう。ということは、他に読まれて困るもの。例えば日記とか、手紙とか…。日記は持ち歩かないわ。手紙だって別に書かな、いや待て。まさか…!いやでもそんな…。だってあれは、

「グリーンく、」
「ちょ、まてまてまって!ヒビキくん落ち着いて、しばくよ!」

確信!最後まさかとは思ったけど、少しだけ読み上げられたことで確信した。けど、何故それを君が持ってるんだよ、入手源は?君宛の手紙じゃないんだけど。しかもそれ落っことしちゃうような場所にあるって、どういうことなの?場合によっては泣きながらヒビキくんを刺すことも辞さない。物騒。とりあえずその手紙は君宛じゃないから一旦私に返そうか。ほらいい子だね怖くないよ、よーしよしよし、ヒビキくんはね、ここを撫でると喜ぶんですよ。よし、このムツゴロウさん作戦でいこう。

「やっぱり聞こえてて無視したんっすねー」
「ヒビキくんそれ返してほしいんだけど」
「嫌です。俺ナマエ先輩に無視されて傷ついたんすけど」
「嫌じゃねぇよ返せよ」
「ナマエ先輩怖いっすよ」

ムツゴロウさん作戦を決行する前に眠りの小五郎ならぬ怒りのナマエが顔を出してしまった。何が怖いっすよだ。ニヤニヤしちゃって、本当は微塵も怖いだなんて思ってないんだろう。演技下手くそか。

「いいから返して。そもそも何でそれをヒビキくんが持ってるのかな」
「だから言ったでしょ。拾ったんですって」

拾った?どうやって。私はそれを絶対に落としてなどいない。何故ならそれは確実にとある靴箱へ入れたのだから。仮に靴箱を開けた時に落ちたとしよう。でも靴箱を開けた本人が気付くだろう。決して目の前のこいつが拾うなんてことはない。私がドジっ子ヒロインならうっかりヒビキくんの靴箱へ入れちゃってたなんてこともあったろうが、残念ながら私はドジっ子ヒロインではなくこの日のために毎日想い人の靴箱を鋭い眼差しで朝と放課後と体育の時間に確認する石橋を叩いて渡るヒロインだったのだ。嫌だよそんな執着ヒロイン。最速ストーカー。おまわりさんこっちです。

「拾ったなんて嘘でしょ。だってソレは、」
「グリーン先輩の靴箱に確かに入れたのだから、ですか?」
「……」

ビンゴービンゴオオ。神木くんも声高らかにそう言っちゃうほどの的中率で私の心を読んだ彼ですが、相変わらずニヤニヤしているところが憎たらしい。それがあった場所を知ってるってことは、やはりあるべき場所から盗んだのではないのか。まさかヒビキくんも毎日朝と放課後と体育の時間にグリーンくんの靴箱を目視するタイプの人だった?うわ、ストーカーかよ。ブーメラン。まあ、仮に本当に落ちていたとしても場所を知ってたのならソッと戻しておいてほしい。

「でも先輩、コレを受け取ったグリーン先輩が捨てちゃったら俺も拾うことができますよね」

なん、だと…。確かにその考え方もあったかー。盲点。ってなるか。グリーンくんが捨てるなんてそんな…。もしそうなら言外にフラれてるじゃん。そんな辛いことある?絶望だよ、もう世界の終わり。ドラゲナイ。いや、真剣に落ち込むんだけど。

「…まぁ、それはifの話で、実際は違うんすけど」

違うんかーい!良かったよ、本当に捨てられてたらショックでヒビキくんを刺して自分も刺すところだったよ。物騒。二回も刺されそうになるヒビキくんよ。まったく、君自身のためにも紛らわしいこと言わないでほしい。

「それなら良かった。ところでいい加減返してくれないかな」
「だから俺ナマエ先輩に無視されて傷ついたんすけど」
「けど何」

省略法で文に余韻を持たせたり、この後の言葉を好きに想像させる手法か!先輩に無視されて傷ついたんすけど、それが癖になっちゃって…!ってことかな?ごめんな、純真無垢の少年に新たな性癖の扉を開かせてしまって。おそらく逆説ではない。まあ彼が何を言おうとしてるのか定かではないが、どうせろくでもないことを考えてるであろうことは容易に想像できる。想像通り性癖暴露されても困るんだけどね。

「責任、とってくださいよ」
「えっ?」

まって、これは性癖開いたパターンではないだろうか。まずい、俺のこと虐めていいのは先輩だけなんで、とか言われる可能性。あああ、無理無理。私Mはちょっと。いや、個人の性癖をとやかくいう筋合いはないだろうが、自身に関わってくるとなると話が違う。どちらかと言えばSのほうが好きなんで。ごめんなさい!マゾの扉開かせてごめんなさい!数分前の私、無視はよくないぞ!自分に返ってくるからな!今から粛々と生活しよう。

「責任とって、俺のお願いを一つ聞いてほしいんすけど」
「いやあ、お願いってそんな、私には難しいんじゃないかな。ヒビキくんの要望に応えられる気がしないよ私は」
「聞いてくれたら返しますよ」
「いや、でも…」
「聞いてくれないとこれ、コピーしてあっちこっちに貼りますけど」
「鬼か!」

お前、無惨の血でも入ってんじゃねぇの?この鬼!!もうそれお願いじゃないじゃん、命令じゃん。まあ、俺に放置プレイしてください、とかなら今までとなんら変わりがないから構わんと言えば構わないんだけど。それ以上の無理難題なお願いもとい命令は流石にしてこない、よね。多分。彼もそこまで腐ってはないはずだ。いやどうだろ、無惨の血混ざってるからな。命に関わることだったらどうしよう。どうしようも何もやられる前に刺すしかない。本日3回目。

「お前を刺して俺も死ぬ!とかじゃなければまあ、聞かないこともないけど」
「そんな物騒なことしません。先輩に絶対できることっすよ」
「えぇ、てことは放置のほうだったか」
「は?何考えてるかわからないっすけど、お願いは今日から俺の彼女になってくださいね、ってことっす」
「ああ、彼女ね。…誰が誰の?」
「先輩が俺の」

彼女っていわゆるシーハーハーハーのあれ?いや、ガムのCMのあれじゃなくって。そっちだとキスが始まっちゃう、世界が変わるキスが。Sheのほうね。Sheのほうでいくと、女になれってことかな?って私はもともと女だからー。嫌だなーヒビキくんたら。

「冗談がすぎるよヒビキくん」
「冗談じゃないっすよ。ナマエ先輩には俺の彼女になってもらいます。まぁでも上辺だけの偽カップルっすけど」
「偽カップルとは」
「ほら、彼女がいるって知ったら少しは告白してくる人も減るかと」

なーるほど!女よけのお飾りってコトネ!おふざけは許さない!なぜなら私は魚雷ガールだから!!爆破するぞ。
それってヒビキくんは女避けができるかもしれないけど、私はもれなくヒビキくんファンの目の敵にされ、本命のグリーンには勘違いされ、え、デメリットしかなくない?

「残念、お断りだよ」
「じゃあこれ、いらないんすね?グリーン先輩へのラブレター」

そうだったわ、こいつは無惨の血が混ざった鬼!!生かしてはおけぬ。刺すか。しつこい。

「いるに決まってるでしょ。でも彼女のフリはどう考えても無理。私にとってデメリットしかない。ということで他のお願いで」
「ナマエ先輩は返してほしいと頼む側っすよね。…別に俺はコレをコピーしてばらまいてもいいんですよ」

おおっと、人の弱みに付け込む極悪非道のヒビキが顔を出したー!!むしろ顔どころか体も全部出てるよ。極悪非道の塊。しかもさっきはあっちこっちに貼る、だったのに今度はばら撒くだと。少しずつ嫌がらせ具合がバージョンアップされてる。アップデートはやめ。アプデしても不具合しかないから早くアンインストールしたいんだけど。だれか設定でアプリの消去ロックかけてる??

「ね、せんぱーい。潔く俺の彼女になりません?」
「…条件がある。期間を設けて」
「…まあそれくらいなら。じゃあ2年とか?」
「卒業するわアホ!3ヶ月!3ヶ月だったらちょうど長期休暇にも入るし、その間に別れたことにしても不自然じゃないでしょ」
「3、あればまあ…。いいっすよ。じゃあ今から、お願いしますね、ナマエせんぱーい。いや、彼女さーん?」

始終ニヤニヤしているヒビキくんに腹が立つからやっぱいつか刺そう。私はそう深く誓った。最後まで物騒。

偽りの話

(悪魔の手先のような後輩)
(こんな奴の(偽)彼女になるなんて…)
(ラブレター、靴箱なんかに入れるんじゃなかった)

―――
本当はヒロインちゃんが好きでしょうがないヒビキくん。からかってる今を楽しんでる。でもヒロインちゃんがグリーンの靴箱にラブレターをいれちゃってヒビキくん焦る。とりあえずラブレターをグリーンが見つける前に回収。ソレをうまく使いカップルへ。本心を拒絶されるのは怖いから上辺カップルとか言っちゃうビビりヒビキくん。けど3ヶ月あればまあ俺のこと好きになるやろ?オッケーオッケー、と自信過剰でもあるヒビキくん。


2012.03.27


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