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□歪な愛
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午前6時すぎ。あたしは通勤に地下鉄を使うため家から一番近い駅へ向かう。本当は地下鉄を使用したくないが飛行タイプのポケモンがいないため仕方ない。ここ最近は地下鉄でなく自転車通勤をしていたのだが、あいにく昨日の帰りにパンクしてしまった。会社は歩いて行くには遠い、少し離れた場所にあるから今日は地下鉄での出動を余儀なくされたのだ。
薄暗い駅へ繋がる階段を震える足で下りる。大丈夫。久し振りだしこれだけの人に紛れればきっと気付かれない。それにあたしが当分乗らなかった間にもう諦めただろう。
あたしはできるだけ下を向いて少しでも人の多い場所、尚且つ電車にすぐ乗れるよう一番前で待つ。早く電車来ないかな。電車に乗ってしまえばこちらのものだ。だから、どうかアイツに気付かれる前に。
あたしの切実な願いが通じたからか、アイツに見つかることなく電車が来る時間になった。まもなく到着しますと告げるアナウンスを耳にし心の底から安堵した。
その瞬間、背中に強い衝撃を受ける。あたしは受けた衝撃で白線を踏み越え線路へと落ちた。
悲鳴が聞こえる。人が落ちたと叫ぶ人がいる。レールとタイヤの擦れる音がする。
電車が、来る。

―キイィィィィ

耳を劈くような音で電車が鳴き叫ぶ。先ほどまで聞こえていた狂騒もダイレクトに耳に響くその音に掻き消された。

「大丈夫?」

恐怖で震えるあたしを後ろから抱擁する人物に、声をかけられた。
あたしは生きている。あと少しで電車に撥ねられるという瞬間、線路へ飛び下りてきた白いコートをはためかすアイツ、ここの鉄道員のトップであるクダリに、腕を引かれ線路の横の空洞に収まり助かったのだ。

「だ、いじょうぶです。助けてくださってありがとうございます」
「助けるの当たり前!ここで事故があったらいろいろ大変」

それもそうだ。ここのトップである彼に責任がのしかかるのだから面倒事は避けたいだろう。だが、それならば彼は何故、

「それに落としたのぼくだし、それで死なれたら後味悪い!」

あたしを突き落としたのだ。

これまでも沢山の嫌がらせを彼から受けてきた。あたしの乗る絶妙なタイミングでドアを閉め、挟んだり乗せないようにしたり等。危険な嫌がらせを受けてきたわけだが今日の嫌がらせに比べれば可愛いものだ。今日のは嫌がらせではない、殺人未遂ではないか。しかし彼は突き落とした上で助けにきた。その意図が分からない。

「何であたしを落としたんですか。こ、殺すつもりでやったんですか」
「何でぼくがきみを殺さなきゃならないの?」

きょとんとした顔であたしを見てくる。どうやら本気で言っているようだ。殺す理由が分からない、殺意がない、と。
そもそもこのようにされる理由はあたしだって分からない。初めて嫌がらせを受けるまで彼とは一切の関わりはなかった。あたしが初出勤の時からされたのだから。では彼は何故あたしに嫌がらせを、挙句殺人の一歩手前までのことをしたのか。

「きみ、最近ずっと電車乗らなかった。ぼく待ってたのに。ずっとずっとずっとずっと」

ミシミシとあたしの骨が悲鳴をあげる。彼は抱き締める腕の力を強め、呟きながらあたしを締め上げた。

「きみの泣きそうな、苦しそうな顔が見れなくて、苛々してた。そしたら今日、やっと来た!」

痛みに顔を歪めながらも必死に耐える。逃げたいが電車がいつ動き出すか分からないので迂闊に動けない。というより絞められる力が強すぎて身動ぐことさえできない。

「最近会えてなかった分、ぼくの欲求は今までみたいなやり方じゃ満足できない。だから、きみの死に直面する間際の顔を見るために落としたんだ!」

つまりはあたしが来なくなったことで鬱憤を晴らすことができなくなり、ストレスを溜めた結果、かつてない史上最悪の嫌がらせであたしを突き落とした、と。何だそれ。そんなことであたしは殺されかけたのか。彼のストレス発散のためだけに。

「あたしはストレス発散の道具じゃない。そんなことでこんな危険な目に合わせるなんて…」
「ぼくね、今日の君の顔見てスッキリできた。だからもう突き落とすなんてことしない」

当然だ。そう何度も殺されかけてたまるか。まあ、あたしはもうこの地下鉄は使わないから関係ない。例え自転車がパンクしても歩くか同僚に頼む。そして近々飛行タイプのポケモンもゲットして、決して電車は使わない。

「でもね、またきみが来なくなるのは嫌だ。だから、いつでもきみの歪む顔が見れるよう手に入れたくなっちゃった」
「何、を」
「きみを、だよ。ぼくの側で――」

ガタンガタンと電車が動き出した。その音に掻き消されて彼の言った言葉が途中から分からない。ただ、悪魔のような笑顔で言葉を紡ぐ彼に悪い予感がふくれあがる。
後ろからあたしを締め上げていた力が少し緩んでからすぐ、あたしのくちもとへ布があてがわれる。真横を通る電車の音を最後にあたしの意識は遠のいた。

歪な愛

(きみはずっとぼくのそばで)
(首輪をはめて鎖に繋がれ)
(真っ暗な檻の中で一人)
(悲しみと苦しみでその表情(かお)を)
(ぼくのためだけに歪めればいい)

―――
鬼畜ダリさんに一目ぼれされちゃったヒロインは、一目ぼれされたその日から愛情表現と言う名の嫌がらせを受けます。
因みに線路に落ちてクダリさんに助けてもらって云々の時、ホームではちゃんとノボリさんが、大丈夫です落ち着いてくださいましってお客さんを静めてる。

2012.05.21


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