わたし、捜さなきゃいけない人がいるから。…行ってくるわね。 そう言い残して広い空へ飛び立ってしまった愛しいあの子。 あれからもう二年の月日が経ったのよ。 「母さん、出かけてくるね」 「はーい。いってらっしゃい」 「行ってきます」 写真立ての横に置いておいたモンスターボールを腰につけ、片手に袋を持ち玄関の戸を開ける。今日も変わらずカノコタウンはいい天気だ。写真立てに飾っているあの写真を撮った日も、快晴だったな。 そんなことを考えながら、私はすぐ側の家に足を運ぶ。うちから一分とかからない場所にあるその家は、考えごとをしている間に着いてしまう。 扉を軽く叩くと中から、どうぞ、と女性の声が聞こえたため扉を開けて入る。 「こんにちは!」 「いらっしゃい、ナマエちゃん」 笑顔で迎え入れてくれた女性に私も微笑み返し、持ってきた袋をテーブルへ置かせてもらう。置いたはずみに袋の中でバランスを崩したものが袋の形を歪ませた。 「今日は何の材料?」 「ガトーショコラです!今日もご指導お願いします」 「ふふ、任せてちょうだい」 そう言って袋から材料を取り出す女性。この女性は、私の親友であり恋人であるトウコの、ママさんだ。 二年前に人捜しに出かけて以来、音信不通となってしまったトウコ。私は、悲しみにふけるトウコのママさんを少しでも元気付けようと、毎日のようにここへ通い、お菓子作りを教えてもらったりしている。これはトウコのママさんと親友であるあたしの母が提案したことで、私に少しでもトウコの代わりになってやれとのこと。トウコのママさんはいつも明るく私を迎え入れてくれるが、実際はほんの少ししか気が紛れていないことに、気づいている。だって私でさえもこれだけ辛いのだから、トウコのママさんは計り知れないほどの悲しみを抱えているだろう。それでも、たった少しでもトウコのママさんの気が紛れるならと、通い続けている。トウコに似ているトウコのママさんを見て、切なくなりながらも、だ。 当たり前だがトウコのママさんは何一つ悪くない。けれどやはり親子とあって、トウコと顔つきの似ているトウコのママさんを見ると、トウコを思い出し胸が苦しくなってしまうのだ。今だって、材料片手に笑みを浮かべるトウコのママさんを見て頭をかすめるのは、大好きなトウコの顔。ガトーショコラだって、トウコが私に作ってくれるって約束してくれてたもので。待てども待てども作ってくれないじゃない。 「ナマエちゃんはガトーショコラ作ったことあるかしら?」 「あ、いえ。実は一度も作ったことないんです」 「そうなの。じゃあ詳しく説明するわね」 「ありがとうございます」 ああ、こんなにも優しい女性に苦しさを覚えるなんて。トウコが居なくなってから私はひどく醜くなった気がする。トウコへの愛情が形を変えて燻ってしまっているようだ。最後に手を繋いだのも、抱き合ったのも、キスしたのも、二年前のあの日。あの日から尽きることのない涙と欲求に苛まれている。トウコに探されている顔も知らぬ誰かに嫉妬心を抱かずにはいられない。 ねぇ、トウコ。あなたがいないと私はどんどん地の底へと落ちていく。このままじゃあなたに嫌われてしまうわ。早く戻ってきて助けてよ。世界を救うことはすごいことよ。それならこんな小さな私を救うことなんて、あなたには簡単なことでしょう? 「じゃあチョコを溶かして……ナマエちゃん?どうしたの、気分悪い?」 涙が零れそうになり、つい下を向いてしまった私を気遣ってくれるトウコのママさん。いけない。今泣いてしまっては私がここに居る意味がない。巡らせていた思考を止め、涙を引っ込める。私はあくまで自分の役割を果たさなければ。それがトウコが帰ってくるまでの私の存在意義となるのだから。 「大丈夫です。ちょっと頭の中でレシピを整理してて」 「そうだったの。整理はできた?」 「はい。大丈夫です」 「じゃあ早速調理に取り掛かりましょう」 「はい」 トウコ、あなたが帰ってくるまで私はどれだけ悲しみに更ければいいの?毎晩枯れることのない涙で枕を濡らす。もう二年もずっと。あの日からチェレンやベル、私の周りはどんどん変わっていった。私だって変わってしまったの。この上手くなった作り笑顔は変化の表れ。トウコが作ってくれるはずだったこのケーキだって、作れるようになってしまったのよ。 唯一、あなたが居なくなっても変わることのないこのカノコタウンの空を、恨めしく思いながら今日もあなたを待ってるわ。 思い焦がれて (焼き上がったガトーショコラの甘ったるい匂いが) (胸を焦がしてまた苦しくなった) 2012.07.02 |