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□Let's cook together!
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「いたっ!」

通算6回目のこの台詞。そして6枚目の絆創膏を指に貼る。慣れない料理に興じてみた結果がこれだ。いや、興じると言うのは語弊がある。全く楽しくない。自分の中でもいくら慣れてないとはいえ、ある程度は料理できると思ってた。まぁ包丁で指を切ったとしても1、2回くらいのものだろうと考えていた。だというのに。6回ってなんだ6回って。しかもそのうち2回はピーラーでの怪我。私どんくさい!いや、しかしアレはしょうがない。じゃがいもがツルツルなのが悪いんだ。そりゃ手元が狂って指も切っちゃうよ。私悪くない。
絆創膏も貼り終え調理を再開しようと、乱雑に切られたまな板の上の野菜と向き合う。おっと間違えた、これは乱切りという切り方であって乱雑なのではない。たしかに大きさも大小様々だが、それはいろんな食感が一度に楽しめるようにであって不器用なわけではない。第一、形なんて煮込めば分からない。開き直り、今度はお肉を切る準備をする。間違って自分の肉も切ったりしてね。おい待て自分、それシャレにならない。一口大に切られたお肉の横に自分の指も並んでいる図を想像してゾッとした。ひとまず、そうならないためにも落ち着こう。包丁を置き深呼吸。調理するのに深呼吸する人初めて見た。恥ずかしい。それでも深呼吸のおかげか、落ち着いたので調理を再開。

―ピンポーン

再開失敗。家に響き渡るチャイムのせいでもう一度手を止める。誰だ私のやる気そいだ奴。セールスとかだったら許さない、絶対にな。切羽つまりすぎである。包丁を置き、玄関に向かう。扉越しに見える人影に、少し苛々しながら玄関を開ける。

「よっ」
「え、グリーン!なに、どうしたの?」

訪問者はセールスなんかではなく、彼氏であるグリーンだった。命拾いしたな、セールス。まだ見もしないセールスマンに念を送る。かわいそうすぎるセールスマン。今日もお疲れ様です。こんな時じゃなかったら怒りはこみあげないから安心して訪問してほしい。
そんな脳内のセールスマンに代って訪問してきた、元チャンピオンであり現在は有能ジムリーダー、そして顔良し性格よしとハイスペックな幼馴染グリーン。よぎるバイビーがたまにキズ。いや、彼の長年の心のキズ、と書いて黒歴史。ちっちゃな頃は彼もギザギザハートだった。いじられやすいキャラでもある。

「時間があいたからに会いにきた」
「それなら連絡してくれたら私が行ったのに」
「いや、一応連絡はしたけど繋がらなかったぜ」

繋がらなかった?……ああ、そういえば私、料理の最中にポケギアが鳴ったら本当に指切るかもしれないと思って電源切ったんだ。忘れてた。こりゃ手間かけさせてすまんな。心の中でバイビー煽ってすまんな。

「ごめん、電源切ってた」
「そっか。まあ、家にナマエがいなかったらどうしようかと思ったけど、いて良かったわ」
「今日は特に出るようもなかったからね。まあ、立ち話もなんだから上がりなよ」
「あぁ」

ジムリーダー故に多忙なグリーンはなかなか休みがない。だからその分、少しの空き時間などに私達は他愛のない話やバトルをして一緒に過ごす。たいていは私がグリーンのジムへ行くか、時間が取れる時はレッドに会いに行くので、こうやって私の家で会うのは久しぶりかもしれない。

「あれ、お母さんいないのか?」
「今日は母さん、友達の家に遊びに行ってるんだよね。お茶持ってくるから座っててー」
「サンキュ」

台所へ行くと視界に入る調理途中の物質X。いや、そんな危険そうなものじゃないけどさ。とりあえず料理はまた後でやろう。心穏やかに過ごせる時に。そんな時はない。アサシンか何かか私は。ひとまず材料をお皿に入れて冷蔵庫にしまっておかねば。ああ、でも先にお茶を持っていくか。グリーンもそんな時間ないだろうし。
野菜を横目に、来客用コップにほうじ茶を注ぎ持っていく。

「はい、お待たせ」
「お、サンキュー。……どうしたその手」

しまった見つかった。お茶を机に置く際に見えたのだろう。絆創膏が異常に貼られた指を見てグリーンは眉間にしわを寄せた。そんな見るなよ恥ずかしいだろ、指がこうなった過程を説明しないといけないことが。

「大したことじゃないんだけどさ、軽くすったというか切れたというか」
「何してたらそんな」
「料理してただけですけど」

別に鬼を倒す鬼殺隊に入るべく日々鍛錬してるとかそんな鬼気迫ったことではない。けど、こちとら生きるために料理してたからね。命かかってるって面では変わらないよね。重みが違う。
そもそも私だってまさか料理でこんなに怪我すると思ってなかったし、グリーンが驚くのも無理はない。
普段、自分で作る料理っていったら茹でるだけでできちゃうインスタント食品くらいだし。それって料理って言うのだろうか。いや、でも味噌汁くらいはちゃんと作るよ。お椀にだしのもとと味噌と乾燥ワカメとお麩を入れてお湯を注ぐだけ。このように包丁に触れる機会があまりないのだ。よくて半年に一回使うくらいだから。母さんに感謝である。いつも美味しいご飯をありがとう。

「何でまた急に料理する気になったんだよ」
「ちょうど母さん出かけてお昼ご飯自分で用意しなきゃいけなかったからさ、たまにはやってみるかーと思って」

巷ではカレー作りが流行ってるらしいからね。私もリザードン級は無理でもドガース級くらいはできるだろと思って取り掛かってみたんだけどね。このままだとベトベトン級かな。ベトベトンに謝れ。

「普段料理しない人間がいきなり一人でやったら危ないだろ」
「ごもっとも」
「まだ昼まで時間あるし、作ってる最中だったのか?」
「うん」
「じゃあ俺が一緒に作ってやるよ」
「え」

いや、一緒に料理できるのは嬉しいけど、つまりそれはグリーンに直接失態を見せることになるわけで。何の羞恥プレイだ。グリーンはお姉さんに料理を教えてもらったことがあるから私なんかとは比べ物にならないくらい料理ができる。そんな人の横で包丁もろくに使いこなせない姿を見られるのはね、ちょっと。私の沽券に関わる。私にだってプライドはあるんだ、バチュルサイズくらいの。小さい。

「失敗ばかりだからさ。その姿を見られるのは嫌だなー」
「んなこと気にしねぇよ。それに一緒に台所に立つなんて夫婦みたいで良いだろ?」

で、で、でー!この男はそういうことをサラッと言うんだよ甘いマスクで。卑怯な男である。幼馴染といえど、イケメンに甘い言葉を囁かれたら少女漫画のヒロインみたいな気持ちにはなるわけで。仕方ないなあ、夫婦みたいとか言われたらやるしかないじゃないか。一肌脱いでやらあ。ヒロインとは。それ以前に一肌脱いでもらってるのはこちらである。

「本当に失敗ばかりでびっくりするからね。私はびっくりしたよ」
「大丈夫だって。今料理できなくても、結婚までにできるようになってくれればいいしな。ま、あんま時間ないから急いで習得してほしいけど」
「ん?え?」
「じゃあ作るか」

だからそういうところだぞグリーン。私が鈍感ヒロインだったら思わずどういうこと〜?と聞き返してな、なんでもねぇよ!という茶番を繰り広げていたところだぞ。残念ながら私は鋭敏ヒロインだから、先に台所へ向かったグリーンの耳が赤いことにだって気づいてしまうのだよ。もちろん自分の顔まで赤く染まったことまでもね!
ついでにちょろすけヒロインだから、今晩から母さんに料理教えてもらおうと思うくらいには前向きな考えでもあるよ。言わないけどね。


Let's cook together!

(いたっ!)
(お前、もう包丁持つな)
(いやそれじゃ料理できないじゃん)
(だって見てらんねぇよ。包丁もむやみに人を傷つけたくはないだろうに)
(刀鍛冶か何かなの)


2012.08.24→後編集


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