《こんにちは!ぼくクダリ!今カナワタウンにいる!》 「……えーっと、かけ間違えてますよ」 ―ブチッ、ツーッ、ツーッ 「は?」 切られた。 休日のお昼、家でテレビを見ながらごろごろし、日々の疲れを癒していたところにかかってきた間違い電話。クダリ、とか言ってたな。間違えてかけてきたんだから、一言謝ってくれればいいのに。何も言わず切るなんて非常識なやつだな。そこで、すみません、の一言があるかどうかでこっちの気持ちも大きく変わるというのに。くそ、タンスに小指ぶつけろ。 ―プルルルル 小さく相手を呪っていると、またも鳴り響く着信音。次は誰だ。 《こんにちは!ぼくクダリ!今バトルサブウェイにいる!》 「またあなたですか。だから間違って、」 ―ブチッ 「またかよ!」 最後まで聞けよ、人の話は!何なのこの人。間違ってかけといてまた謝罪の一言もなしに切りやがったよ。ていうか番号ちゃんと確認してかけろよ。まったく。ああ、せっかくの休日なのにストレスたまる。 どうしようもないこの苛立ちを、手元のクッションをパンチすることでおさめる。くそったれ!! ―プルルルル すると懲りずに鳴り響く着信音。くそったれ!!どうせまた同じ人だろ!電話番号も確認しない、わたしの話も聞かない、間違っても謝らない!! 《こんにちは!ぼくクダリ!今ビッグスタジアムの前にいる!》 「くそったれ!」 ―ブチッ ほらね!またあいつだった!同じやつ!クダリってやつだよクダリ!勝手にくだってんじゃないよ、こっちの気分が降下しちゃってるんだよ急降下!3回も間違うとか何なの、狙ってやってる?イタ電?1回目から顔写してないし。ライブキャスターの使い方がイマイチ分かってないから画面真っ暗なのかと思ったら、ただの悪戯電話かちくしょう。たち悪いな腹立つな。次かかってきたら文句言ってやる。切られる前に早口で言ってやる!くそったれってもう言ったけどな! ―プルルルル 《こんにちは!ぼくクダリ!今5番道路にいる!》 「お前、悪戯電話とかまじふざけ」 ―ブチッ 言い切れない!切るの早いよ。何で毎回、挨拶と名前と場所だけ言って切るんだよ。名前や今どこにいるかなんてどうでもいいよ。名前だって一度聞けば十分だよ。圧がすごい。それに、かけ直すのも早いよ。あと移動速度も速い。そらをとぶにしては遅いが、歩いてるにしては速い。チャリか、チャリで移動中なのか。 ―プルルルル 《こんにちは!ぼくクダリ!今ホドモエの跳ね橋にいる!》 「いい加減にし、ろ?」 ―ブチッ 今ホドモエの跳ね橋って言った?ホドモエの跳ね橋ってすぐそこじゃん。今住んでいるところはホドモエの川沿いなので、家の二階から橋が見える。もしかしたら悪戯電話かけてきてる犯人が見えるかも。ちょっと窓から覗いて見ようかな。きっとチャリだから、チャリに乗っていて、ライブキャスターを使ってるやつを探せ。 ―プルルルル またもや音が鳴り響いたので、急いで窓の外を見やるが、残念ながらライブキャスターを使っていそうな人は見つからない。 《こんにちは!ぼくクダリ!今ホドモエのマーケットにいる!》 「え」 ―ブチッ すでに移動している、だと。ホドモエのマーケットって本当にすぐそこじゃん。家から徒歩1分だよ。 ……いやいやまさか。いや、でも。……もしかしてだけど、もしかしてだけど、じわじわ家に近付いてきてるんじゃないのー?初めは全然気にしてなかったけど、確実に家に近付いてきてる。そういうことだろ?それはまじめに怖いわ。 ―プルルルル 休日を謳歌していた私を恐怖のどん底に陥れた音がまだ鳴り響く。 《こんにちは!ぼくクダリ!今きみの家の前にいる!》 「悪戯の度がすぎてますよ!!」 ―ブチッ こっわ!おかしいんじゃないのこの人!家の前に来てるって。私、クダリなんて人知らないし。知らない人に家を知られてるとか……。何?ファン?ファンなの?私ほどの美貌を持っていればそりゃファンが自然とついちゃうのはわかるけど。冗談でも言ってないと怖くてしかたないから。まあでも、ただの悪戯電話だから。いるわけないから。 私は二階の窓から恐る恐る外を覗く。キョロキョロと辺りを見渡すが、誰もいない。なんだよ、ほらね、やっぱりただの悪戯電話だった。 ―プルルルル 悪戯と分かると恐怖は薄れるが、何度も無意味なやりとりに腹が立つ。いい加減このあと聞き飽きたよ。この数十分の間に何回聞かされればいいんだよ! 《こんにちは!ぼくクダリ!今きみの家のリビングにいる!》 「はあー?」 ―ブチッ そんなわけないじゃーん。玄関の鍵は閉めているため入れるわけない。それに仮に入ってきたらガチャンと音がするから分かる。しかもリビングは隣だが、物音一つしない。このやりとり意味ある?悪戯電話というより、友達にかけ間違えてんじゃないの? ―プルルルル 飽きたからもうとってあげるのはこれが最後だよ。ため息をつきながらライブキャスターを手にする。 《「こんにちは!ぼくクダリ!今きみの後ろにいる!」》 「なん、は?うし、ろ?」 悪戯のはずだし、そうでなくても間違い電話のはずだし、鍵は閉めていたし、物音はしていない。けどこれはやばいって分かる。わかってしまったよ、ガチなやつこれ。 機械を通した声と、すぐ後ろから聞こえた声。 いや、そんなわけないから。 直接聞こえるなんてそんなわけあっちゃいけないから。気配ないし、気のせいだって、疲れてるんだって。 私はゆっくり後ろを振り返る。そこには……。 何も、いな、い?誰もいない? まじでビビった。ひさびさにこんな心臓の音早くなった。口から飛び出してきそうだよ。 本当に良かった。あー、くそ。こんなに不安にさせやがって。まじで悪戯電話の相手許さん。あたしの平穏な休日返せこのやろう。もう出てやんないから! 私はライブキャスターの電源を落とし、その辺に放り投げる。 嫌な気持ちになったから、なんか美味しいものでも食べて気分あげよう。とりあえず温かい飲み物でもついで、あ、冷蔵庫にプリンがあったかな。 冷蔵庫のプリンに少し気分が良くなり、ふんふんと鼻歌を歌いながらキッチンへと足を向ける。 「あ、窓閉めてない」 窓開けっ放しだと寒いし、こんな電話のあとだと不安だし、閉めとかないとな。そう思いキッチンへ向かっていた足を止め、窓のほうへと振り返る。 「つーかまーえた!」 「いっ、いやあああ!」 ―プルルルル (こんにちは!) (ぼくクダリ!) (今ぼくの家にいる!) (ナマエも一緒!) (これからもずっと!) (絶対に離さない!) (ナマエはぼくのもの!) ――― メリーさんパロ。 2012.11.19 |