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□獲物に逃げられた狼は笑う
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「ねえトウヤ、あたしあなたのこと大好き。だからトウヤの言うことならなんでもするよ」
「本当に?」
「もっちろん。なんでもこいよ」
「じゃあ、僕のために死んでよ」
「わーお。トウヤったら、冗談でもそういうことは言わないでよ」
「何言ってるの。本気だよ。僕の言うことなら何でも聞くんでしょ?」
「あー……。分かった」


この次の日、ナマエは僕の前から姿を消した。



「トウヤ、何頼む?」
「紅茶」
「分かった。すみません」

チェレンがウエイターを呼び止め2人分の注文をする。その姿をチラリと見たあとメニューへ視線を向ける。たまにはケーキでも頼もうかな。普段あまり甘いものは食べないが、これから話をする上で紅茶だけでは足らなくなるだろう。チェレンが注文し終えてから僕も続けて注文をする。

「すみません、モンブランも追加で」
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか?」
「あ、僕もモンブランを。以上で」
「かしこまりました」

ウエイターが注文を確認する間、僕はこれからチェレンに話す内容を頭の中で整理する。目の前の幼馴染みは、僕の話を聞いてどんな反応をするだろうか。恐らくいい顔はしないだろうな。

「珍しいね。トウヤが甘いものを頼むなんて」

ウエイターの注文の確認が終わったようで、チェレンは僕の方へ向き直っていた。

「たまには、ね」

ふーん、と気のない返事をしたあとチェレンはジッと僕の目を見て、話をするよう視線で訴えた。そんな幼馴染みから視線を逸らし、僕は口を開いた。

「僕がナマエをあやめたことは知ってるよね」

目の前の幼馴染みはうんともすんとも言わない。僕は幼馴染みの方を見ていないから頷いたかどうかは分からないが、恐らくジッと僕を見つめているだけだろう。でもナマエのいなくなった日、今から一か月ほど前だが、僕は確かにチェレンに告げた。だから聞かずとも知っていることは分かっている。そのため僕は構わずそのまま話を続ける。

「僕はナマエのことが好きすぎるあまり、ナマエに意地悪をしたくなるんだ」

あの日の言葉だってそう。あんなのはただの悪戯だった。僕だってナマエのことが好きだったのだから、本気で死んでほしいだなんて思ってなかった。今考えると何ですぐに嘘だよ、冗談に決まってるだろ、って言えなかったんだろう。僕のひんまがった性格のせいでナマエはいなくなった。

「それが僕の愛なんだ。おかしいだろ、好きな人を傷つけて満足してるなんて」

乾いた笑いがこぼれた。僕が自分を嘲笑する中、幼馴染みは何も言わない。
コトリ、と注文していたものが机に置かれる。ウエイターがごゆっくりと言い姿を消したあと、僕は妙に乾いた喉を潤すため紅茶に口をつける。それに続き幼馴染みもコップへ口をつけた。チェレンは珈琲を頼んでいたな。紅茶の香りとともに珈琲の香りも鼻をかすめた。苦味を含んだその香りに、口の中でありもしない苦味が広がった気がした。その苦味を打ち消すため、モンブランを口に運ぶ。

「甘い」
「そりゃあケーキだからね。甘いものだろ」
「うん。……甘い」

口の中いっぱいに広がるこの甘さは、まるで僕の考えみたいだ。僕は幼馴染みをしっかりと見つめ、舌に残る甘さとともに言葉を発した。

「僕さ、もう一度ナマエとやり直そうと思うんだ」
「やり直すって、どうやって…。ナマエはもう……」

幼馴染みは最後まで言い切らず、そこで言いよどんだ。…言いたいことは分かってる。でも、僕は絵空事は言わない。

「僕が思うに、ナマエはどこかで生きてる」
「……!どういうことだい?」
「ナマエは黙って死んだりするやつじゃないよ」
「でも、ジュンサーさんやポケモンたちにも協力してもらってイッシュ中を捜索したけど、いなかったじゃないか。だからきっと、森の奥深くか水の中で自殺を計ったんだろうって……」

確かにイッシュ中のジュンサーさんやポケモンたちが各街ごとでナマエを捜索したが、見つからなかった。そのため、森の奥深くか水の中という見つけることができない場所で命を絶ったのだろう、という話で進んでいる。でも、あくまで捜索範囲はイッシュのみ。

「ナマエさ、昔カントー地方に行きたいって言ってたんだ」
「……カントー?トウヤは、ナマエがそこに行ったと思ってるの?」
「うん。ナマエは絶対カントーにいる」
「その根拠は」

はっきり言って、根拠なんてない。むしろカントー地方なんて遠い所へ、ナマエが一人で、しかも急に渡ったと考えるのは難しい。でも、ナマエは絶対にカントーへ行った。遠いため時間とお金がかかるが、見つかることもなく新しい生活をできる場所であり、なおかつナマエが行きたいと言っていた場所。必ず、いる。

「根拠なんてものはないけど、絶対いると思うんだ」
「根拠がないのに行くの?それにもし行ってナマエがいたとしても、やり直せると思ってるのかい?」

幼馴染みは僕を鋭い目で見る。責めるような、それでいて哀しみを含んだその目から逃れたくて、視線をカップへと写した。カップの中の紅茶には、泣きそうなのに口元を歪め笑みを浮かべる男が映っていた。

「……僕は、自分でも酷いやつだって分かってる」
「……」
「でもさ、どうにも止められないんだ。それだけ僕はナマエを愛してる」
「……そう。まあ、僕だって端から止めるつもりはないよ。トウヤがやりたいようにしたらいいんじゃないかな」

カップへ向けていた視線を幼馴染み、チェレンへと戻す。チェレンは眉間に皺を寄せ、泣きそうな顔で僕を見ていた。

「カントー地方は遠いから暫くは会えないね。連絡はこまめにしてくれよ」

チェレン、君は、僕と暫く会えないことで泣きそうな顔になっているのだろうか。それとも、僕がナマエと会ってしまった時のことを考え、泣きそうな顔になっているのだろうか。

「ああ、もちろんだよ」

僕が見たチェレンの瞳には、歪んだ笑みを浮かべる男がしっかりと映っていた。


獲物に逃げられた狼は笑う


(ナマエ、寂しい思いをさせててごめん)
(今から迎えに行くからね)



2012.11.24


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