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□瞳が映す狂気
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「トウヤくんまじイケメン、国宝」

うっとりと熱っぽい視線を画面の向こう側にいるトウヤくんへ送る。通信プレイ万歳。普段はマルチトレインでしかお目にかかることのできない彼。しかも後ろ姿。しかし通信プレイだと相手が男の子でプレイしている場合、正面からトウヤくんを見ることができる。この際真顔でため息をつく弟なんて無視だ。確かにトウヤくんを正面から見たいから通信しようぜっていうお願いを、ため息つきながらも了承してくれたことは感謝してるよ。だが、その可哀想なものを見る目でお姉ちゃんを見るのはやめなさい。かわいそうでしょ、お姉ちゃんが。結局かわいそう。環境大臣かな?

「ああ、ゲームの中に入りたいなぁ。生トウヤくんにお会いしたいなぁ」

はっ!と鼻で笑う弟は無視だ。え、何、今笑った?知らなーい。ついでに弟のキュレムの攻撃が当たって、負けてしまったという事実もなかったことに。今負けた?シラナーイ。つかキュレムは反則だろ。私の手持ちはまだ育成中だってのに、容赦ねぇぜ。いや、その状態でバトルに誘ったのはあたしだが。くっ、恋する乙女は盲目なのね!怖い!
声に出して言ってみたが今度は弟に馬鹿にされなかったよ。あいつ勝つだけ勝ったらそそくさと部屋から出て行きやがった。くそう。次は完璧な状態で挑んでやるから。覚えとけ!廃人なめるな!こちとら睡眠時間削ってサブウェイのホーム何百周もぐるぐる回ってるんだからな。BW民の思い出。因みに廃人になったきっかけはトウヤくんと少しでも長くいるためっていうね。いやん、私健気。……ツッコミがいないと寂しい。

「しかたない、ちょっとトウヤくんの所行って癒してもらお。後ろ姿でもトウヤくんはトウヤくんだもんね」

私はポケセンから出てバトルサブウェイへと足を運ぶ。いや、実際足を運んでるのはトウコちゃんだけど。いつもご苦労様です。夜中でも容赦なく孵化作業させてごめん。暫くはしないから。まぁその分ずっとサブウェイにこもってトウヤくんときゃっきゃウフフするんだけどね!トウコちゃん羨ましいな。でもあたしトウコちゃんならトウヤくんとイチャコラしててもノープロブレムだよ。むしろイチャコラしなよ。トウトウのカップルとか素敵。ノーマルカップルばっちこい。10月10日を軽率に記念日にするんだよね。BW民あるある。双子設定でもいいのよ。トウトウの絡みが好きよ?
そうこう考えているうちにもトウコちゃんは足を進め、あっという間にサブウェイに着く。そして私はすぐさまマルチ乗り場へ。鉄道員さんにお決まりの言葉を言われ、私もいつも通りの言葉を返す。これ現実だったら私可哀想な子だよな。いつも一人って…。そうやって考えると、何だかドット絵の鉄道員さんが私を可哀想な目で見ている気がしてきた。おい、友達いるからな!ついでに弟だって言えば協力してくれるからな!ぼっちじゃないんだからね。被害妄想である。

「《こんにちはナマエちゃん!》」

はいきました、こちら未来の旦那、トウヤくんでございます。いつも一緒にマルチへ挑んでくれるトウヤくんまじイケメン。ぼっちの時に颯爽と現われてパートナー組んでくれる。そしてトレインに一緒に乗って熱いバトルを繰り広げる。それ即ちもう付き合ってるのでは??え、タッグ組んでバトルってそういうことでしょ?相性抜群の二人は体の相性もバッチリ!そろそろ静かにしようかな。

「《もしかして今きみは1人?……ならぼくのパートナーになってよ。うんうん、それがいい》」

…何かいつもと台詞が違う気が。いやでも大体言ってることはいつもと変わらないし。気のせいか。ていうか台詞が違ったらただのバグだよ。何それ超怖い。いまここでデータが飛んだら私は、私は。多分3週間くらい塞ぐ。

「《じゃ、ぼくはどんなタイプになればいい?》」

タイプになればいい、だと?え、ポケモンの話だよね。この言い方だとまるでトウヤくん本人がなるみたいじゃないか。えぇ、やっぱりバグってんのかなコレ。それとも何戦かしたら台詞変わるのかな。今のところ台詞以外は気になるところもないし、台詞が変わってるのは仕様説。何勝で変わるんだろう。

「《わかった、防御重視だね!》」
「《じゃ、はじめよう!》」

ここは変わってない?やっぱり何戦かするとところどころの台詞が変わるんだな。また後で詳しいこと調べてみよ。

今思えば違和感を覚えた時にすぐに調べれば良かった。それかバグの可能性にかけて電源を落としてしまえば良かった。
後悔したって後の祭りだけれど。

トウヤくんの台詞を読んでからAボタンを押す。刹那、DSから目を開けていられないほど眩しい光が溢れ出た。そして突然おそってくる浮遊感。だがそれも一瞬で、ドサッと冷たい床へ落ちた。あまり高い所からは落ちなかったのか、痛くはない。ただもう何が起きているのか分からない。

「待ってたよ、ナマエちゃん」

聞いたことのない声に、ギュッと瞑っていた目を恐る恐る開ける。そこにはよく知る顔があった。いや、よく知るとは言ってもそれはいつも画面ごしで、実物に会うのは初めてだ。

「トウヤくん?」
「うん」

何てことだ。私の目の前には、あれだけ焦がれていたトウヤくんがいる。しかしそれは現実なら有り得ないことで。つまりこれは夢だと仮定するのが妥当だろう。あぁ、だからゲーム内の台詞も変わってたのか。納得。でもそうなるとどこからが夢だったんだろう。多分弟のキュレムにやられたのも夢だな。私の辞書に負けという文字は載せない。横暴。

「やっと会うことができたね」
「ん、ああ、ん?」
「会ってすぐで悪いんだけど、場所、移動しようか」

夢とはいえ、突然の出来事に脳の情報処理が追いつかないでいると、トウヤくんは座り込んでいた私に手を差し出し、立ち上がらせてくれた。場所を移動すると言ったが何処へ行くのだろう。というかそもそもここは何処だ。トウヤくんに手を引かれるがまま移動しつつ、キョロキョロと辺りを見渡す。あれ、トレインじゃね?え、じゃあここバトルサブウェイじゃね?今、廃人施設にいるんだ。あ、じゃああそこに居る青髪のイケメンはジャッジさん?いつもお世話になってます!少しお話したいんだけどいいかな。いいよね。だって夢だもの。夢くらい好きなことをさせてくれ。

「トウヤくん、ちょっとごめん。あの、ジャッジさん!」
「え…!ナマエさん!」

ジャッジさんがあたしのことを知ってる!グッジョブ。私、いい夢を見させてくれるじゃないか。

「わぁ、本当にナマエさんだ!ずっと会ってみたかったんです!」
「私もです!」

手を取り合ってきゃっきゃする私たち。廃人魂が疼いて、個体値の見極め方とか、いろいろ聞きたいことが溢れてくる。え、やだ、何から聞こうかしら。まずはやっぱり厳選の基礎から?少しは乙女らしいことを聞け。

「ナマエちゃん」

冷たく、重みを含んだ声で呼ばれ、背筋がひやりとした。私たちは取り合っていた手を離す。心なしかジャッジさんの顔が青い。私はドキドキしながらトウヤくんの方を振り向く。

「なにかな。トウヤくん」
「楽しそうにしてるとこ悪いんだけど、早く行かなきゃいけないんだ」
「あぁ、うん。分かった。ごめんね」
「ううん、こっちこそごめんね」

トウヤくんは柔らかい笑みを浮かべながらも、どこかすまなさそうにしていた。何だ、ドキドキして損した。振り向いた瞬間、一瞬だけトウヤくんが濁った目で鋭く睨んでいた気がしたけど、気のせいか。というかそもそもトウヤくんの目が濁ってるわけがない。何て失礼なことを考えてんだ。濁ってるのは私の心だけでいいんだよ。悲しい。

「ジャッジさん、今日はもう行かなきゃいけないんで。良かったらまた今度お話聞かせてください」
「あ、はい!そうですね」

ジャッジさんに向き直ると、彼は何故かカタカタと震えていた。いったい何があった。ネジまわし式のおもちゃみたい。昔CMでサルが笑顔でシンバル叩きながらカタカタと近づいてくる映像があったけど、あれは数年経った今でも忘れられない。何のCMかも覚えてないけど、トラウマを植え付けられただけのCMである。

「それじゃあ、失礼します」
「ジャッジさんさよなら!」
「はい、さよなら」

ジャッジさんに手を振り、またもトウヤくんに手を引かれるがまま歩く。少し歩いてトウヤくんは急に立ち止まり、ジャッジさんの方へ向いた。何か忘れ物でもあるのかな。

「ジャッジさん」
「な、何でしょうか」
「ナマエちゃんがぼくに防御重視を頼んで良かったですね」
「……!」
「じゃ、今度こそ失礼します」

トウヤくんはそれだけ言ってまた歩き始める。私がトウヤくんに防御重視で頼んだことが何故良かったのだろうか。いまジャッジさんは防御の高い子が見たいのだろうか。夢って頭の中整理してるものを見てるはずなのに、よく分からないよね。
トウヤくんに連れられ、地上へと上がる階段を上り、冷たい風が吹く外へ出る。地下では分からなかったが、どうやら今は夜らしい。そういえば弟と通信したのも夜だったしな。暗闇の中、街灯に照らされたトウヤくんに視線を向けると、彼は怪しげに笑みを浮かべていた。え、何、こわ。…こわいって何が?私の直感は先程から失礼極まりない。濁るだのこわいだの。何でそう思ったの。何で…。

「トウヤくん?」
「ん?何?」
「あ、いや。これから何処に行くのかなーって」
「うん、ぼくの家に来てもらいたくって」

照れくさそうに笑うトウヤくん。えええ何それ可愛い。こんな素敵な夢を見ることができる自分の妄想力に感服した。さっき感じた恐怖もどこへやら、今はただこの幸せを噛み締めるばかりである。推しの笑顔が私の幸せ。

「今からぼくのポケモンに乗って行くんだけど、高い所を飛んでる時に恐怖で気を失ったら危ないから、着くまで寝ててもらえる?」
「うん、分かった。でもすぐには寝れないかも…」

いくら睡眠大好きな私でも、寝ろと言われてはい分かりましたグーなんてできない。おやすみ3秒ができるのは、あやとりと射的が得意などこぞの眼鏡かけた小学生だけだよ。回りくどい説明である。

「大丈夫。ナマエちゃんは目を瞑って」
「え、うん」
「そう。それじゃ、おやすみ」

トウヤくんのその言葉の後、すぐに心地良い歌が聞こえる。まって、なんか準備よすぎじゃない?その考えを最後に、私は意識を手放した。

もし恐怖を感じた時にすぐ逃げ出せば、自分のいた世界に戻れたかもしれないのに。
後悔ばかりだ。


 
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